従者の説教、果たせるか。1

 夜更けのシレア城は静かである。衛士は夜番を除いて早朝訓練に備えて早々に就寝し、厨房の料理番も朝餉の下拵えを済ませれば料理長の一言で部屋に帰っていく。官吏の中には遅くまで担当部署に残る者もいるが、自室にこもってまで業務を続けているのは職務が趣味の大臣くらいなもので、大多数は夜くらい自室で気ままに過ごしている。

 そのようなわけで十時も過ぎれば廊下はひっそり静まり、どの部屋も照明が落とされているのだが、今宵は休憩室から光が漏れていた。

 向かい合って座っているのは衛士や侍女でもなければ、下男下女でもない。この場にあまりふさわしくはない重鎮二人である。

 重鎮というか、城の主人である王子とその側近である。重鎮もいいところである。

 およそ十分ほど前、廊下でのことだ。寝室が並ぶ階へと歩いていた従者は、前方を歩く人影を認めるや、突然全速力で走り出した。

「やっと捕まえましたよ」

 後ろから肩を鷲掴みにされた方は、従者とは対照的に落ち着き払って応対する。

「どうした、そんなに慌てて」

「その口が言う台詞ですか。ったく散々探したんですよちょっとつべこべ言わずについてきてください。長くなります」

 そう言い渡すと従者は踵を返して歩き出す。一方、要求された当の本人は「はて」と思案顔でその場に佇んでいる。

「さっさと来てください!」

「それはいいが……」

 何か急を要することをしただろうかという主の顔を一瞥すると、背中に「問答無用」とでも書いてありそうな雰囲気を全面に出して従者は主人に先立って夜の廊下を進んで行った。







「殿下相手ですし礼を欠くまいと思っていましたが、今日こそ本音で言わせていただきますけれどね」

「いや、いつも割と本音を聞いている気でいたが」

「黙って聞く!」

「はい」

 パン、と威勢よく木卓を叩かれて王子は反射的に返答した。そのあとが続かないのを確認してから、従者は聞こえよがしに息を吐いて切り出した。

「これは一体なんですかね、これは」

 そう言いながら卓上で羊皮紙が滑る。ぴしりと縦を揃えて並ぶ箇条書きの整った字は王子の手によるものである。

「何って、明日の会議の議題案だろう。月初めに定例の職務改編の」

「そんなこたぁわかってます。とぼけた返事をしない」

「とぼけた……」

 とぼけた気もふざけた気もないのだが、そう言っても無駄そうなのでやめておくと「いいですか」と全く許可をとるでもない雰囲気で従者は書面を指でつついた。

「説明して欲しいのはですねぇ、どうしてこんなに自分の仕事が減ってるんです!?」

 箇条書きの上から五つ目あたりにある従者の名前を差しながら正面の人畜無害な顔を睨みつけ、従者は言い放った。語気荒く言われて人畜無害な顔がやや困ったと歪む。

「仕事を減らして文句を言われたのは王族の中でも私が初めてではないだろうか……」


 ——続く(続くのか)——

 これどこかの長編に捩じ込めたら楽しいのに。

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