ロスの続き
翌日、日の出から何時間も経って白衣の男性が再び現れ、ロスの脈をとりいくつか問診をしたのち、まもなくロスは部屋から出された。よくわからないが薬が処方され(Versicherungで診療代は不要と言う)、よくわからないが「Gute Besserung!(お大事に)」と言われて大きな幾何学的な建物の外に出される。お大事にとか言われても何が悪かったのかわからない。そしてどこに行けばいいのかも不明である。
なす術もなく建物の扉を出たのだが(テハイザ王宮のようにひとりでに開いたから驚きである)、そこには若い娘がロスを待っていた。
「Ah, schon hab Medikamente geholt? Du sieht gut aus! Dann gehen wir(あ、もうお薬とってきました? 具合も良さそうですね! じゃ、いきましょ)」
娘は笑ってロスを誘うが、ロスの方は唖然とする他ない。
そっくりなのだ。自分が毎日顔を合わせ、事あるごとに叱りつける相手に。
「姫……さま?」
「Prinzessin? Was? Sagst du eine Witze? Noch schmerzt es ?(姫様? なに冗談? まだ痛む?)」
娘はアウロラそっくりの仕草で首を傾げ、心配そうにロスの顔を覗き込む。
しかし、彼女はどうやらアウロラではないらしい。
それでも一応、聞いてみる。
「あの、お兄さんとかいらっしゃいます?」
「Älter Bruder?」
「ええ、あの、見た目無駄に目立って人当たりが良くてですね、無意識に周りの人間を翻弄していくくせに自覚がなくて」
言い始めたら、不安とともに名伏しがたい感情が沸々と湧き上がってくるから不思議である。
「能力は相当ですが立場をわきまえろと言っても無駄で行動が読めなくて人の言うこと聞かなくて心配ばっかりかけやがるくせに知らぬ間に策を練っていて解決してるようなあの生意気な」
「Hab‘ du ihn gern oder nicht? (その人のこと好きなの嫌いなの?)」
自覚なく口に出ていた言葉に気がつき、慌ててロスが当初の質問を繰り返すと、娘は「Nein, nur Geschwester(いいえ、妹だけよ)」と困り顔で返した。
これはどうしたことか。もしや? いやいやまさか、と自問自答しながらも聞かずにはいられない。
「失礼でしたらお詫び申し上げますが、ウェスペルさんですか」
娘はいよいよ不安な色を濃くする。
「wirklich ok? Ich heiße María, und Du bist Ross Präphet ja? (本当に平気? 私はマリアで、あなたはロス・プレフェットでしょ)」
どこか発音が違う気がするのだがたしかに自分の本名らしい名前である。そして、彼女が話に聞くウェスペルではないというなら、ますます不可解すぎる。
全く理解が追いつかないロスの様子をとにかく心配しながら、娘はロスを得体の知れない乗り物に乗せ、ロスの家だと言うところに送り届けると、
「Das ist kleines Geschenk von unseren Kollegen, morgen hol’ ich dich wieder(これ館のみんなから差し入れだから。明日迎えにくるからね)」
と、小綺麗な包みを卓に置き、ロスに薬の処方を確認して出て行ってしまった。
もう理解できない以上はこの家から出ないのが無難だろう。
適当に家の中を調べれば、寝台はあるし、なんだか石造りの貯蔵庫並みに冷えた箱もあり、その中には水や果物もある。毒ということも懸念したが、娘の目を見れば敵意がないことは分かった。その他のものも色々といじってみて危険がないのを確認し、適当に使わせてもらうことにした。
ともかくも、明朝あの娘に連れていかれる場所に主人がいるかもわからない。焦ったところで無駄だろう。
一睡もできなかった頭でなんとかそう判断をつけると、ロスは娘が置いて行った包みを開ける。中には狐色に焼けた生地に肉の燻製と刺激のある香料、刻んだ葉物野菜の酢の物などが挟まれていた。取り敢えず腹は減っている。
これが毒入りだとしたら下手人は明らかである。シレアに喧嘩を売る相手がそんな馬鹿はすまい。
遠慮なく頬張ると、燻製肉は脂っこすぎずに芳ばしく、香辛料や野菜と良く合う。料理長顔負けの味である。
美味いな、と咀嚼しながらも、やはり頭の中に不安が蒸し返す。シレア城にいたはずなのだ。
——姫様と殿下は……殿下まで妙な目に遭ってないだろうな……
自分の城にいて何たる失態だろうか。早く見つけ出さなければ。
気持ちばかり逸る——だが、この食事は存外悪くない。
🌟続くのか……
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