ロス、博物館職員になる
翌日、予告通りアウロラに瓜二つのウェスペルではない娘は、ロスを迎えにやって来た。「Morgen! Gut geschlafen?(おはよう! 寝れた?)」と扉口で出迎えたロスを見るや、娘は顔色が良くなったとアウロラそっくりに喜ぶ。娘の言う通りである。一睡できなかった病院とは異なり、一人の空間でいささか眠れたせいもあるのだろう。ついでながら言えば、朝食に頂戴したリボン型のパンも塩味が効いていてかなり美味だった。料理長が悔しがりそうな。
「Ich bin froh! Kollegen freuen sich auch, ganz sicher(嬉しい! みんなも絶対喜ぶわよ)」
娘は嬉々としてロスを病院から移動するのに使った車輪のついた珍奇な乗り物に押し込んだ。
「Du kannst schon heute fleißig arbeiten, super! (もう今日はしっかり働けそうねー、最高だわ)」
主人の一人の顔でそう言われると、事情不明なのになぜか、ここでも働かされるのか……とげんなりする理由を誰か教えて欲しい。そもそも諸外国の機関に協働しに行く政策なんてあったか、記憶にない。
——あの
いやいやいや、あの夜中まで仕事をしている仕事好きの
ありそうな可能性を絞り出しては否定しつつ、ロスは念の為に車外に見える異常な光景も記憶に焼き付ける。何かあった時にこの土地の情報が少しでもあった方が良い。本当なら道順を記憶したいのだが、乗り物が速すぎて無理だ。馬車が一台もおらず、逆に同じような乗り物と行き交うのが恐ろしいのだが。
乗り込んで間も無く車は停止した。娘に促されて外に出たロスは、目の前の建物を見上げて小さく安堵の息を吐く。
シレアの歴史的建築物に似ているのだ。華美ではないが多少の彫刻装飾が施された扉やその上部の扉窓、階層の境を飾る植物紋様などは、シレア各地に昔から建つ役所や精霊殿に見られるものと同種である。
これならば、昨日のような驚愕や困惑はあるまい。もしこの中に身分の高い人物がいるなり、ここがなんらかの公的機関ならば、主人につながる手がかりもあるはずだ。
だが、ロスの期待は中に入った途端にあえなく崩れた。
ロスを出迎えたのは老若男女合わせて十名ほど。それぞれが「wir sehen uns lange nicht!(お久しぶりです!)」「Du bist schnell entlassen(退院早かったね)」「Lange warten wir auf dich(待ってたのよ)」「ich vermisse(寂しかったんですよ)」と敵意だの嫌味だのは皆無の温かな言葉をかけてくれる。
しかし、その口ぶりはとても外交相手のものではないし、ましてやシレアにこんな知人はいない。これでも国防団の面々は、主人に倣って全員必死で顔を覚えたのだ。
——それじゃあ殿下はどこにいるっていうんだよ。
対応に困る。
相手がシレアにとってどういう関係なのか無理解では、然るべき行動に出られない。このような事態の時にまず持って指示を仰ぐべき相手は当然ながら我が主君である。
その主人がいない。
テハイザやクルーエといった隣国なら様子も知れているため、カエルムおらずとも自己判断可能な場合もあるだろうし、自分が思う最善の道を取るよう努めるが、ここではシレア国政に関わる微々たる情報すらない。
——もう他はどうでもいいから殿下がどこにいるのかくらい教えてくれ……
そう思うのに、もし相手が弱みを握られてはいけない人物たちだったらと思うと聞けない。「An die Arbeit!(仕事開始ー!)」と各々分かれていく彼らの後に続き、まずは様子見も兼ねて言われるままに仕事をするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます