従者の説教、果たせるか2
呆れでも不服でもなく王子は返したが、苦情を言った当の本人の耳にはあまりよく伝わっていないようだ。主人の言葉など完全無視で言葉を続けた。
「ざっと拝見しましたが自分の仕事減りすぎでしょう。確かに役職としては二重ですが衛士と国防団の役目も日課も似たところがありますし、これまでも真っ当にこなしているつもりです」
「それでもやや無理が出るのではと」
何も言わないのも怒り心頭になるやもと王子がひとこと挟む。だが効果は無かった。
「あなたが仰る台詞ですか。自分の業務に手落ちや不満がおありなら聞きます」
「いや、無い。が」
王子の言葉の続きは鋭い睨みと共に抹殺される。
「それならば納得はできません。理由を聞かれる前に申し上げますがここは何です」
どこで息をしているのかと思う早口で次から次へと主張と詰問が並べられていたが、ここでようやく一呼吸の沈黙があった。
何か、と問われているのは議題書の下部であり、ここには誰の名前もなかった。
「この一覧は」
「ロスから外した業務の一覧」
「知ってますよ今日の今日まで担当してましたから」
なら聞くなと普通の人間なら抗議するところだろうが、普通でない王子は黙って続きを待っていた。なんとなく予想もつく。
そして予想に違わず、従者の指はその箇条書きの上に滑っていく。そこには「新担当者」と。
「お聞きしたいのはこれです。この『追って報告』ってなんですか」
「それは読んでの通りだろう。業務担当が未確定なので……」
曖昧な回答に従者がついに声を荒げた。
「あんたのことだからどうせまたご自身が全部やろうとか考えてんのかって聞いてんですよ!」
どうやらそこでほぼ切れていた従者の忍耐が本格的に切れたようである。堰を切ったように小言とも文句とも非難とも取れる話が始まった。
どうせと言われるだけにこの王子も妹王女も何かと自分でやり過ぎる。人の仕事が多いとかなんとか心配している場合か。人より早く起きて一体いつ寝てんですか、ちょっとは他人に頼るとかなんとかしたらどうですかね……と一方的に言われながら、正面で相手をしている王子は反論もせず抗弁もせず、顔色すら変えずに耳を傾けている。
あらかた言いたいことが済んだのだろう。やっと従者の話に間が空いたところで、王子は端正な顔に微笑を浮かべ、息を切らした従者を見上げた。
「そこまで疑問なら仕方ない」
くすくす笑い出しそうなさまは、まさか何分もくどくどと説教を聞いていた人間とは思われまい。今度は意表を突かれた従者がついぞ見ない呆けた顔に怒りの抜けた純然たる疑問を浮かべた。それを面白そうに見遣りながら王子は椅子から立ち上がる。
「やや遅いが出掛けるか。まだ十分間に合うだろう」
「出掛けるって、こんな夜にどこへです?」
蘇芳の瞳に怪しげな光が宿る。
「西区の赤馬亭だ」
——続く——(また続いてしまいましたよ。次回が最終回)
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