シレア国シリーズ

早起き競争〜ロスの受難〜

 こちらはシレア国シリーズ

 長編異世界ファンタジー『時の旅い路』https://kakuyomu.jp/works/1177354054889868322

 と姉妹編

 長編:ファンタジー『天空の標』https://kakuyomu.jp/works/1177354054891239087

『時の〜』と平行時間軸で進む、兄王子の物語

 の、シリアスな本編にはない日常の一コマです。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 朝日が地平線から顔を出し、地上を端から金色に照らしていく。その光はみるみるうちに城下全域に広がり、眠っていた街を目覚めの輝きで満たしていった。


 国で唯一の美しい時計台が、六回、鐘を鳴らす。澄み切った響きは首都シューザリーン。そしてシレア国を抜け、川の流れを辿って南の海まで抜ける。


 五つ目の鐘が鳴り終わるというとき、シューザリーン城の一室、国防団最高司令官兼王家直属第一等衛士団指揮官長の私室の扉が開いた。中から出てきたのは、早々と洗顔と着替えを済ませ、昨晩遅くまでかかって取りまとめた書類の束と自らの愛剣を携えたこの部屋の主人である。


 昨日より少なくとも三十分は早い。城下で最も早い朝市が開くまでにはまだ時間があるし、間に合うはずだ。


 城の他の者たちを起こさぬよう、指揮官長は足音を消して早足で廊下を急いだ。向かう先は城の最下層。使用人のみが使う物置だ。木の手摺がついた上階から一変、石造の階段に変わってから駆け足になり、目的の部屋の扉を開ける。


「ったぁ……もう、遅かったっていうのか」


 押し開けた扉に手をついたままの姿勢で思わず言葉が漏れた。物置に整理して置かれた日用品のうち、使用人が使うはずの網籠がない。それこそ王女が抜け出した動かぬ証拠だった。

 別段、指揮官長自身は王女が城を抜け出して市場に行こうが買い物をしようが街の人の手伝いをしようがさして構わないのだが、それに眉を顰める老年の面々が一日中機嫌を悪くし、とばっちりにあうのは真平だった。

 今日もそれかとげんなりしつつ、次の目標に頭を切り替える。


 ——なら殿下の方だ。


 とって返して執務室へ急ぐ。上階へ駆け上り、自らの主人が本来ならあと数時間先まで来なくていいはずの部屋へ駆け込んだ。

 中はもぬけの殻。机も棚も、昨日のままだった。


 ——今日は、間に合った……か?


 自身が仕える主君は確か、昨晩もこちらのいうことを聞かずに遅くまで仕事をしていたはずだ。自室の明かりが光っているのは自分の部屋からも見えた。さすがに夜更かし後の今日はまだ寝ていてくれたか。それなら朝稽古も今日こそは自分の方が主人を待つ、という格好に出来そうだ。

 机の上に手持ちの書類束を置くと、ほっと安堵する。執務室に来ていない、ということは、まだ寝ているという意味だろう。


 ——いや、ちょっと待て。


 ふと、とある会話が頭によぎり、胸中にえも言われぬ気持ちの悪さを感じる。確か、昨日の夕方話していたことと言えば、城下の外にある防風林の倒木処理に関することで、決着のつかぬまま就寝になったはずだ。


 その時、耳が窓の外の馬の嘶きを捉えた。


 ***


「あらおはようロス。早いのね。これ、水やりのお手伝いしたら貰っちゃった。新物だから試してみてくださいって」


 厩舎に行くと、馬から降りた王女が何事もなかったかのように手に持っていた網かごを指揮官長に押し付けた。また今日も果物やら花やらがてんこ盛りである。その向こうでは兄王子の方が愛馬から鞍を外し、馬具をしまっていた。


「また……負けたっ……」


 がっくりと肩を落とす従者に、これまた何事もなかったかのように兄が述べる。


「ちょうど良かった。朝食までのところで朝稽古するか」

「殿下、聞きますけど、まさか昨日話していた林に行ってたとか言いませんよねぇ?」

「そのまさかだが、被害は思ったほどでもない。倒木といってもごく僅かだし、撤去作業の人員も少なくて済みそうだから朝議で派遣人員を決定しようと」

「その前に誰が様子見に行くか決めなければって問題だったじゃないですかっ!」


 そうである。他業務が立て込んでいるせいでどの官吏も手が空いておらず、さらに追加するのは流石に身がもたないだろうということで、まず誰が現場に様子見に行くかということで昨日は頭を悩ませていたのだった。


「いや、別になら私が行けばいいだろうと思っただけで」

「あんたが一番手が空いてない人間でしょう!」

「ちょうど馬も久しぶりの遠駆けだったし」

「言い訳はいりません!」


 官吏全員に余裕がないということはつまり、当然、城を取りまとめている兄王子本人が最も仕事が多いというのは言うまでもない。


「もうまた睡眠時間削って倒れられたら……怒られるのはこっちなんですよ勘弁してください」

「問題ないわよ。お兄様簡単には倒れないから」

「早死にします」

「そんなに気にしてると自分が先に倒れるぞ」

「ならやめてください」


 あまり心配するなよ、と兄に軽く流され、じゃあ朝ごはん作り料理長に教えてもらおう、と妹は伸びをする。我が道を行くのはいいが、我が道を行き過ぎである。


「何してる、ロス。時間が勿体無い。朝稽古一本、頼む」


 剣を掲げながら振り返ってそう言われ、仕方なく後を追う。


 従者たるもの主人より先の起床と始業による主人の負担軽減——日頃常にこの務めを果たさんとしているのに、未だこの早起き勝負になかなか勝てない。


 本日の勝負もまた惨敗。


 〜〜〜〜〜〜〜



 従者と主人の早起き勝負でした。皆様、今日は良い天気。良い一日を!

 こんな役回りの人ですが、結構な肩書を持っています。

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