現代パロディ2 女子高校生アウロラ
都会の中心にしては珍しい、緑豊かで閑静な地区に、柔らかな鐘の音が響き渡る。国有数のハイレベルな国立高校が授業の終わりを告げる
賑やかな女子高生の群れの中に、ひときわ目を惹く少女がいた。紺のブレザーの胸元を飾る紅葉のバッジは生徒会の印であるが、優等生らしからず、彼女は駅を素通りして繁華街の方へ向かう。グレーのボックスプリーツからすらりと伸びた黒タイツの脚は目的地を既に定めているようだ。左右に並ぶ流行りのチェーン店には見向きもしない。柔らかな茶に近い髪を風に靡かせ胸元のネクタイを押さえながら、少女は足早に駅前モールへ入っていった。
「こんにちは! この間お聞きした新しい商品、もう入りました?」
少女はショッピングモールの隅に構えられた比較的新しい雑貨店の前で足を止め、店の奥へ元気よく声をかけた。
「はいはい。入ってるよ。スマートフォン用のペンタブと、あとはモバイル充電器と」
「充電器? これが? 随分小さいのね」
「パソコン持ち歩いてる人はあまり他の荷物が多くならない方がいいからね」
「でもお洒落だわ。これなら男性も女性も好きそう」
少女は手のひらに収まるサイズの充電器をしげしげと眺めた。光沢がありつつも落ち着いたレッドの地に金で紅葉の模様が描かれている。
「気に入ったなら、見本品でよければ一つあげるよ」
「本当!? 頂いていいの?」
少女は紅葉色の瞳を輝かせて叫ぶ。店の主人はくすくす笑いながら、会計卓の後ろから小さなビニール袋を取り出した。
「どうせいつも見本は余っちゃうから持っておいき。でもあんたいいのかい、寄り道していて。早く帰らないと家庭教師とお勉強だろうし……あんまりお転婆するとまた執事さんがお相手選びに頭を抱えるよ」
「あらやだ。畏まって気取った女性じゃないと嫌だなんて言う殿方はこちらからお断りだわ。ありのままの私を好いてくださる方がよろしいの」
芝居がかって澄ましてみせると、少女は店主から袋を受け取り深々と頭を下げる。
「どうもありがとう! 早速使ってみます。そしたらまた来ますね!」
そう言うなり少女は再びモールの通路へ飛び出した。店主はその背中を見送り溢れんばかりの若い活力に微笑みつつも、少女の素性を考えると、彼女を取りまく周囲の大人の心労が思えて複雑な気分になるのだった。
***
高級住宅街の一角、高い門と広い庭を備えた屋敷の正面玄関から脇の塀側へくるりと周り、少女は裏口から屋敷の中に滑り込んだ。足音を立てずに上階の自室まで駆け戻ると、素早くブレザーとスカートを脱いでハンガーにかける。臙脂色のマーメイドスカートに着替え、白ブラウスの上に普段着のカーディガンを羽織ったところで、部屋の扉が静かにノックされた。
「お嬢様、お帰りになられましたか。今日も委員会のお仕事ですかな」
扉を開けた執事は恭しく礼をした。
「ええ。文化祭の準備で議題が多かったから遅くなってしまったわ」
「嘘を仰るものではありません。貴女様が楓モールに駆けていくのを見たと早番の者からメールがありました」
メール画面を突きつけられると、少女はとすんと音を立ててベッドに腰掛けて脚を組んだ。
「モールに行ったら色々発見があったわよ。今度、この屋敷の皆にも勧めたいのだけれど、新商品の充電器は随分軽くてもちもいいわね。一つ頂いたから試しに使ってみない?」
貰ったばかりの充電器を掌の上で弄び、少女は続ける。犯行が露呈しているならば開き直るが勝ちだ。
「お嬢様、少しは御立場を御理解なさいませ。このシレア・カンパニーは今、テハイザ・グループと繊細な取引の最中だというのに……やつらは何を武器にするかわかりませんぞ。もう秋も半ばで日も短くなっているというのに」
「そんなに簡単に尻尾を掴めるような策をとる相手ではないでしょう。そうそう、列車の接続も随分とよくなったみたいね。おかげでA駅まで行ってみたけれど戻ってくるのもかなり早かったわ。乗換にもいろんな通路を回らされることもないし。うちの建設部、いい設計したと思うわよ」
「なんとまたそんな遠くの駅にま……」
「ただあの駅、経路短縮のために地下へ路線を移したから上りエスカレーターを作ったでしょう。御婆様にお会いしてね、降りるのが辛そうだったので手を貸してあげたのだけれど、脚が悪いとむしろ降りの方がおつらいみたいよ。今度、市の担当と話す機会があったらバリアフリー化の改善も提言しておいて」
こうまで現状視察を報告されては執事も文句を言いにくい。そもそも設計時に調査が足りなかったか。カンパニーに属する建設会社の方へ注意をせねば。
執事が寄り道に対する小言を噛み殺しながら別の小言を繰り出そうとした時、少女の学生鞄の中でスマートフォンが鳴った。急用を知らせる通知音だ。これ幸いと少女はベッドから飛び降りる。
しかしスマートフォンの画面に明滅したアイコンを見た途端、少女の顔が固まった。
「お嬢様?」
「大変だわ……」
「どうなさいました」
問いかけに振り向きもせず、素早いタップでスリープを解除しアプリケーションを起動する。
「社のトータルネットワークコントロール制御が一つ止まってる……まずいわ。監視中のサーバーが落ちて外部に情報が覗かれたりしたら……」
切迫した口調の呟きに、執事の顔がさっと青くなった。
「急いでシステム管理に連絡してちょうだい。テハイザ・グループの方に調査中のアレが漏れたら大事だわ」
話しながらも卓上のノートパソコンを立ち上げるや、少女は凄まじい速さでキーボードを叩き始めた。
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