現代パロディ3
「トータルが機能しなくなったと外に露呈するとまずいわ。いま対処しているから、ともかくもお兄様に連絡を」
少女はキーボードを叩き続けながら早口に言う。執事は意を汲み、一礼して部屋を出ていった。
画面上では社内システムの基盤になるアプリケーションの一つが動作を止めている。だが、今のところ異常が起きているのはそれだけだ。少女はグループ会社や委託・協同企業とのネットワーク・システムを立ち上げると、管理者ログイン画面を呼び出し、画面を食い入るように見ながらシステム管理の数値を変え始めた。
***
磨き上げられた床を靴底が叩く音が響き渡る。ライトグレーの壁に挟まれた殺風景な廊下には、カエルムとロスの他に行き交う者はいない。
「それにしたって……なんですかね、あの反応は」
「今の会議か」
たった今、二人は副社長の監視のもと、プロジェクト参画チーム・メンバーとの顔合わせを済ませてきたところだった。集まっていたのはざっと十数名。しかし顔合わせと言っても自己紹介をさせられたのはカエルムとロスだけで、テハイザ・グループの方は誰も名乗りを上げなかった。
「メンバー・リストは後からと言われていたところから予想はついたさ。あの場で下手な発言をしないように指示があったのだろう。反応が無いのはやりにくいが」
「いえ、反応はないどころじゃ無いですから」
ロスは女性社員の目が輝いたのを見逃すほど鈍感ではない。と言うより、見逃せないほど露骨だというのにどうしてこの上司は気が付かないのか。
「この際なので言っときますけど、あんまり人の良さそうな顔しないでおいてください」
「コミュニケーションを取るのに無表情ではうまく進まないだろう」
「あんたの場合は話が別ですよ。面倒極まりないから自覚してください」
言いながらロスはつい眉間を押さえる。きっと瞬く間に女性社員の間にメールが飛び交ったに違いない。そして興奮を隠せぬ女性陣の様子にチームにいた男性社員の顔が険しくなっていったのも事実なのだ。テハイザ・グループの中で無駄な目立ち方をしたくないロスとしては、上司の人当たりの良さが悩みの種である。
しかしロスの胃が痛みそうなのにも気付かず、カエルムは微笑してさらりとあしらう。
「こちらから波風を立てるようなことを言わなければいい。先に手を出した方が負けるのは喧嘩の常識だ。あくまでプロジェクトの遂行と……グループ内の不安要素を除くのが目的なのだから」
喧嘩じゃねぇ、とロスが突っ込もうとしたところ、カエルムの胸ポケットでスマートフォンの震動音がした。
「アウロラか」
取り出す前にそう言い当て、画面を確認する。その途端、穏やかだった瞳に緊張の色が走った。
「どうしました?」
カエルムは周囲にさっと視線を巡らし、監視モニタや録音器具の無いのを確かめてから低く囁く。
「緊急事態だ」
「は?」
するとロスの掌の内でも通知音が鳴る。開いてみろ、と目線で合図され、メッセージを読んだロスは息を呑んだ。
「これは……すぐに社に帰るべきでは……」
「いや」
メッセージにあったトータル・ネットワーク・ダウンの文字に焦りを露わにするロスに対し、カエルムの方は落ち着き払って画面をスクロールしている。カエルムが画面をタップするとすぐに次の通知が来ているあたり、妹であるアウロラからの連絡が続いているらしい。
「さすが妹だな。うまい手を打つ。本社以外からのログインを全て遮断した」
「遮断って、突然そんなことをして……」
ロスもログイン画面に遷移するが、そこでは『マンスリー・メンテナンス中』の文字が紅葉色のカンパニー・ロゴと共に光るだけだった。
「なるほど定期メンテナンスをぶつけましたか。ちょっと時間的に早いですけれど」
「リモートだと本社員も入れないようにしたそうだ。私とロスは別サーバから入れるように後から連絡が来るよ。私の妹は下手なSEよりよほど頼りになるな」
「でもメンテでしたらせいぜい一日が限度です。それまでに最低限の目的は果たさないと……」
二人がテハイザ・グループに来たのは協同プロジェクトのためだけではない。社内に横行している悪弊を明るみに出し、シレアと取引のあるグループ会社各社の状態をクリーンにするというのも今回赴いた理由の一つだ。内部でトップとその話をするところまで持って行きたいが、まずは明白な証拠が必要なのである。
「それにはコアの回復か、少なくとも部分的に動作させない限りは無理でしょう」
カエルムの横からアウロラのメッセージを覗き見してなお、ロスの懸念は大きくなるばかりだ。
「確かにな。だが現状、本社外にいる我々としてはこちらで出来ることをするしかない。あとはアウロラの続報がどれだけ早く来るかだが……」
言いながらもWebページのソースをチェックしていたカエルムは、突如言葉を切った。どうしたのかと問いかけるロスに対し、無言のまま画面を見せてやる。
「これは……」
ページ上で刻一刻と変わっていく数字を目にして、ロスは目を見開いた。
それは、トータル・ネットワークを動かすシグナルの中でも、コア・プログラムと実に酷似した数値変化を示していたのである。
***続くのですかこれ!?***多分、あと二話くらいで手を打ちます。
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