おまけのシレア城

 目に飛び込んできたのは、揃いも揃って心配そうにこちらの顔を覗き込んでいるアウロラ、シードゥス、そしてカエルムだった。少し向こうでシルヴァが薬湯らしきものを準備しているのも見える。

「あぁいた殿下! 何も大事ないでしょうね! いや大事なさそうですけれど勝手に面倒なこと何も起こしてないですよね!?」

「私ならずっとここにいたが」

 掴みかかられ揺さぶられながら、カエルムはロスこそ大丈夫か、と逆に聞き返す。問われて辺りを見回してみると、奇妙な器具も何もなく、普段と変わらぬシレア城の自室であった。

「ロスさん、気を失ってしまってですね、しばらくうなされて寝ていらしたんですよ」

 シードゥスは杯に水を注ぎロスに手渡した。思考が働かずに一口飲むと、冷たい水が喉を潤していくのが心地よく、随分と喉が渇いていたのだと気がつく。それだけ長く寝ていたのか。というか、夢か。

「うわぁー……なんつーかもう醒めてよかった最悪」

「やたら寝言で変なことおっしゃってましたもんね」

 苦笑しつつ言ったシードゥスだったが、すぐに「やべ」と口に手を当てた。その様子が気に掛かり視線で問いかけると、カエルムがこの男には珍しく酷く残念そうな声音で呟く。

「ロスが私をどう思っているのかよくわかったよ」

「えっ自分、何言ってました」

「ほんっとうにお兄様に対して失礼千万というかなんというか誉めているのか貶しているのかわからないというか」

「心外だが……主人失格か」

 ロスは頭から血の気がひく音を聞いた気がした。


 まさか主人に対する愚痴が聞かれていたと? 否定すべきか? いや、でも普段から言っているしそれでも一部は自覚なしなので直らないし、でもちょっと待て、こんなに落ち込ませるほどひどいこと言ったか?


 なんと切り出せばいいのかわからず一人で狼狽していると、やや間を置いてカエルムが堪えきれないと笑い出す。つまりは、そういうことだ。

「殿下……あのですねぇ」

「ふふっ……いや、すまない。あまりに慌てるものだから面白すぎて」

「本音出てますよ」

「いいじゃないか、ロスの本音も聞いたし。普段も聞いている気がするが」

 抑え気味に笑い続ける兄に対し、妹姫はいささか憤慨しているようだが、それでもロスを見る目には安堵の色がある。

「それにしても一体、どんな夢を見ていたの?」

「あぁ、なんかもう変な街にいてですねぇ、変な仕事をする羽目に」

 事の一部始終を話せば、ロスを取り囲んだ皆は銘々、好き勝手に感想を挙げていた。

「医療費無料か。薬もそれだけ安いのはいいな。シレアの医療福祉制度よりも国民に負担が少ないのか?」

「その医療技術ってどうなっているのかしら。繋がれた管から何か投与されていたのでしょう? 看護にあたる人間の手が省けるなら有難いわね」

「そんな奇妙な体験をしてきて結果は夢で終わりって、お粗末な小説よりお粗末ね。他にもっとなかったのかしら」

「ロスさん、殿下のこと心配しすぎじゃないですか……」

 言いたい放題である。言いたい放題言わせておきたくはないが、なんかもうまだ朦朧とするし寝ていたくせにどっと疲れた。そもそもどうしてあんな悪夢を見る羽目になったのか。

 ごちゃごちゃする頭でそんなことを思うと、シルヴァが卓の上に並んだ薬瓶の一つを手に取り、瓶に結んだ太い紐に何やら書きつけながら独りごちた。

「あぁ、でもこの薬、ロスくらい鍛えている成人男性でもこの量じゃ副作用が強く出過ぎるみたいね。緩和するには調合する薬草の種類を変えないとだめかしら」

「あんたのせいじゃないですか!」

「飲んでみるってロスが申し出てくれたんじゃないの。確かにその時はすでにぼうっとしていたけれど」

 口を尖らせて言われても、ロスにはまだ寝る前の記憶が戻ってこない。シレア城にいて訓練中でもそうそう怪我などすることはないし、病気もしないよう心がけているのに、どうして薬なんて必要になったのか。

「それも忘れちゃったってことは相当に頭に当たった位置が悪かったのね」

「当たった?」

 後頭部に手を当ててみると、確かにやや痛みがある気がする。しかし、「当たった」とは。

「大臣とまたいつもの言い合いになった料理長がしゃもじ投げを発動したの覚えてません?」

「今回は大臣が避けてな。廊下を歩いていて調理場の入り口に通りかかったロスにぶつかった、と報告を受けているのだが」

 ——あっの……

「ジジイども……!」



 ——次から喧嘩なら訓練場でやれ……



 その後数日、シレア城衛士の訓練は甚だ厳しかったという。団長の機嫌が悪いのは誰の目からも明らかだが、訓練内容が特に攻撃回避に集中していたあたり、誰もが同情を禁じ得なかったらしい。


 ちなみに、料理長と大臣からの反省は皆無。


 ★おしまい★



 このお話は、筆者がドイツ出張の際にロスのイメージ通りの学芸員さんに出くわしたことにより遊びで書かれました。仕事の息抜き、見直しなしのアップになりまして雑ですが、お付き合いいただきありがとうございます。


 普段は全く書かないタイプの転生ものでした(普段はシリアス・ハイファンタジーですよ!! このタイプは書いてませんからね! 笑)

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