ロス、所蔵品確認と解説をする
様子を見ているとどうやら彼らは文化教育研究機関の職員らしく、歴史的遺物の研究や管理、およびそれらを用いた社会活動を行なっているらしい。
ロスが連れてこられたのも所蔵品や研究資料を扱う部屋らしい。棚や箱が数多く置かれ、どれもシレア城大臣の部屋のごとくぴしりと整頓されている。
職員の一人に勧められて椅子に腰掛けたところ、アウロラ似の娘がゴロゴロと大きな箱が三つほど載った荷台を押して部屋に入ってきた。
「Das ist ja was neulich in unserem Besitz, wie Ihr wisst.(これ最近うちの所蔵になったやつよ。ご存知の通り)」
「Gott, nicht wieder so viele Eintragungen? (あぁ、またあんな書き込みやらないですよねぇ?)」
「Doch! Diesmal alte Handschriften der unbekannten Schriftsteller usw. Bald Ausstellung, wir beeilen uns(やるのよ! 今度のは無名作家の手記とかだから。すぐに展覧会だし、急がなきゃ)」
うんざりだと呻き声も聞こえる中、娘は容赦無く帳面と光る板(「タッチパネル」というらしい)と箱から取り出した資料を同僚たちに渡していく。日焼けや劣化で色がくすみ。ところどころ端が切れてはいるが、紙の束だ。
「Ross, bitte überprüft die Provenienz, die in der Beiheft angezeigt ist, und, wenn erkannt, den Titel sowie die ursprüngliche Herkunft...(ロス、来歴がくっついてる紙に書いてあるから調べてくれる? それからわかったらタイトルと、元々どこでできたのかと……)」
アウロラ(もうこう呼びたい)がロスに紙箱から取り出した小箱の一つを渡すと、横から若い男性職員が口を挟んだ。
「Was? Wie erkennt man die Herkunft(はぁ? 元々できた場所なんてどうやって分かるんだよ)」
確かこの青年は学生でプラクティクムPraktikumとか意味不明なことを言っていたが。
「透かしを見ればいいだろう」
ロスは古びた紙を一枚取って頭上にかざし、試しに天井の照明を当ててみる。案の定、簀の子の線の間に模様が浮かび上がった。
「紙の製造業者の一覧とかは」
見えた模様をざっと描き写しながら聞く。しかし返答がない。不思議に思って顔を上げると、皆が驚き露わに自分を見ていた。
——何か、まずい発言だったか? いやでも、別に大したことじゃ。
この手の用紙ならシレアおよび諸外国で使われているし、業者は品質保証の意味も兼ねて自分達の製造した紙に印をつけるのが常である。管理する省の方も流通経路が辿りやすくて便利だし、人気のある業者の紙なら外国に行っても透かしを見れば分かるものだが。
なぜ、奇異な目で見られているのか。
居心地の悪さがじわじわと増す中、堰を切ったように娘が喋り出した。
「Wunderbar, Ross! Warst du doch so mit der Papierquellen-Behandlung vertraut? Wann studierst du eigentlich?(すっごいロス、そんなに紙史料の扱いに詳しかったかしら! いつの間に勉強してたの)」
唖然とするのは今度はロスの方である。しかしそれには気が付かず、娘は勢いを増して続けた。
「Ich habe eine gute Idee! Wir überlasse Dir die Führung innerhalb der nächsten Ausstellung, einverstanden? (思いついた! 次の展覧会のガイド、あなたに任せるわ。いい?)」
「え、展覧会の『ガイド』って」
「Vorstellung und Erzählung dieser neuen Sammlungen für Gäste. Dafür musst du natürlich die Info darüber auswendig lernen(お客さんに新しい所蔵品の紹介と説明よ。そのためにはもちろんこれらについて暗記しなきゃだけど)」
どれだけ数があると思っているのか知らないが、娘は満面の笑顔で思いつきを語り始める。しかしロスの方はたまったものではない。覚えるのはまた別としてもその前に展覧会とはいつなのか。自分は長居するつもりはないのだ。
「いや、困りますよ。そもそも俺は早く自分の職務に」
異国にきているとなればアウロラが一緒とは考えにくい。他のシレア勢が見えないとなれば、また例のごとくカエルムと二人という可能性もあり得なくもない。だとすれば側近たるもの一刻も早く主人を見つけなければ。危険な目には遭っていないかもしれないが、主人のおかげで図らずも精神的に危険な目に遭っている女性がいるかもしれないし。
ところがロスの抗いも虚しく、今度は娘だけではなく部屋にいた他の職員までもがロスに懇願する。
「So viele Kenntnisse über Papier sowie Wasserzeichen hat keiner von uns, oder?(そんな豊富な紙と透かしについての知識なんて僕たちの中で知っている人いないでしょう)」
「Bitte, wenn es wir sich glücklich erledigen, kündigt unser Boss (お願い、これ成功しないとボスに首にされちゃう)」
「それは酷いな」
まさか未知の史料の扱いに失敗したから解雇とは、どんな圧政なのか、この地方は。病人に対してはやたらと手厚かったくせに。
ロスが同情の意を示すと、職員らはここぞとばかりに苦情を並べ始めた。労働時間は長いし、助成金は取れないし、企画展とやらは多くて相当に参っているらしい。
聞けば聞くほどロスの方にも不安が募ってくる。そのように冷酷な人間を相手にしていたとしたら、主人は無事なのだろうか。まさかやられはすまいと思うが、ロスの想像が及ばないほど卑劣な扱いを受けていたら。
「Boss besucht die Ausstellung auch. Er beschäftigt sich jetzt mit dem anderen Projekt (ボスも企画展には来るわ。いまは別のプロジェクトに当たってるのだけれど)」
「分かった。引き受ける」
ここの長が来るなら、遅かれ早かれ決着はつくはずだ。まずやるべきは、可能ならここの職員たちの無事を守ることだろう。それにロスが断ったらカエルムの身が無事か知れない。
ついでに、その顔で頼まれると、悔しいが弱い。
ロスが首肯すると、皆は湧き上がった。口々に礼を言い、あれよあれよという間にロスがやるべき作業を壁際の白い板に書き並べ、史料と道具を持ってくる。
——なんだってこんなことに……しかし殿下が……
言われるまま史料を調べ、それらの情報を展覧会とやらのために暗記し、そらで説明できるよう頭に叩き込む。展示品の位置を考え、アウロラ似の娘に説明原稿作成を手伝ってもらい、そうこうしているうちにあっという間に展覧会当日だった。
「なんでまた俺がこんな格好で人の前に出て説明なんて」
シレア国では袖を通したこともない変な形の服に身を包み、ロスはげんなりぼやいた。
「Keine Sorge! Dieser Anzug passt dir sehr gut. Komm her, der Boss und Gäste warte auf dich auf(心配しないで。そのスーツ似合ってるわよ。ほら、こっち。ボスとお客様が待っているから)」
「ついにか」
やっと元締めと対面だ。こうなったらもうどんな手を使ってでもカエルムの居場所を聞きださなくてはならない。どんな非情卑劣な輩が知らないが。
覚悟を決めて、ロスは案内された扉を開ける。途端、部屋の中の人物が声をかけた。
「おう、待っておった。入院したと言っていたかのう、このひよっこが」
その慣れた声を聞いた瞬間、無意識に叫び声が口から出る。
「料理長っ!?」
「ちょっと、ロスさん大丈夫です?」
🌟おまけに続く。
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