シレアのホワイトデーその2
前回からの続きです。ホワイトデーなんてもう随分過ぎている、というのは間にKAC祭が入ってしまったということでご容赦ください。
さて、たくさん貰っていた彼はどうなったのか?
男子厨房に入るシレア国。
***
王女と王子付き従者が揃って街へ繰り出す前日のことである。シレア国王都シューザリーン王城の調理場では、仁王立ちの料理長が下男の青年と向き合っていた。
「女性からもらったものにちゃんと礼を返そうとはいい心がけだ若僧」
腕組みをして言う言葉遣いは、顔に浮かぶ満面の笑みが無ければ悪役のそれである。下男は複雑な気持ちになりつつ泡立て器と粉振るいを手におずおずと切り出した。
「ええっと、で、時間もないしまず何をすれば」
「基本は計量。何事も基本が一番。菓子を完璧に作るには計量はきっちりだ。たとえ作る量が少なくとも杜撰に片付けちゃあならん」
「いや、少な」
「そうやって丁寧にやっておれ。常日頃から積み重ねてわしのように完璧なのが作れたら、おまえさんもいずれ娘っ子から抱えきれんほど貰うようになる」
料理長が得意そうに高笑うので、シードゥスは訂正の言葉を出し損なった。どうにも次の言葉に迷う。調理場をぐるりと見回し、何やら奥に積み上げられているものをみとめて話題を変えようと試みた。
「あ、もしかしてあそこに置いてあるやつ、料理長が城のみんなへ作ったやつ?」
「いや、ありゃわしが作ったもんじゃない」
あまりにうず高く積んであるのでてっきりこの機会にお楽しみで配られるものかと思ったが、当てが外れた。しかし小綺麗に置かれている様子からすると今日の夜食や茶菓子の類でもなさそうだ。
そこまで女性陣に人気そうな面々がこの仕事場にいたかと、シードゥスは首を捻る。
「じゃあ他に料理番であんな作るとしたら誰が……」
「殿下じゃよ」
「はぁ!?」
床に当たった金物の音が作業場に響き渡り、「何やっとる早く拾わんか!」と料理長の怒声が続いた。その音量に耳がやられたせいか聞いたことの衝撃のせいか、シードゥスは立ちくらみを起こしながらようよう泡立て器を拾い上げる。
「殿下が……そんな技持ちだったなんて……」
「わしが鍛えた。先の国王陛下もなかなか教え甲斐のある生徒でらしたわい」
「嘘だろ」
王族、しかも男性が厨房で臣下に振る舞うのに腕を振るうなど、およそ聞いたことがない。しかし半ば愕然としてシードゥスが硬直するのを、料理長は別の意味に取ったらしい。自慢げに話しながら材料を選び始めた。
「わしの指導だからこそお二人ともすぐに上達したわ。おまえさんも上手くなればいずれは返礼が大変だろうて。さて始めるぞ。どれくらい貰ったか言ってみろ」
「え、っと……」
「なんじゃ、少なくても笑わんから」
珍しく機嫌のいい料理長だが、逆にシードゥスの方は極限まで緊張が高まる。
抱え切れないほど貰ったと、この状況でどうやって切り出せというのだ。
***
またも料理長とシードゥスは如月芳美様案でした。そこへ殿下には厨房へ入っていただきました。
短いですが今回はこのお二人。次回、ホワイトデー編最終回、「大臣の悩み」です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます