もしシレアにバレンタインがあったら。

 こちらはシレア国シリーズ

 長編異世界ファンタジー『時の旅い路』https://kakuyomu.jp/works/1177354054889868322

 と姉妹編

 長編:ファンタジー『天空の標』https://kakuyomu.jp/works/1177354054891239087

『時の〜』と平行時間軸で進む、兄王子の物語


 本編では絶対にあり得ない、「もしシレア国にバレンタインがあったら……」です。

 ほぼ会話劇でお送りいたします。


 ******

 ——行動規制をかけられる王子歩く天然たらし——


「殿下、今日は絶対に外に出ないでください」

 朝の会議の開始前、ロスが必死の形相でカエルムに詰め寄った。

「なにをいきなり。理由は」

「このところ国外の風習が城下で流行り始めたらしいのです。それで今日は女性が男性に物を贈る日らしく、その関係で貴方が城から出たら本当に危険ですので今日はどうか城に」

「だからと言ってもう今日は城下全体の視察と前々から決めていただろう」

「いや、ですからね」

「そもそも女性が男性にと言っても、特に問題がなければ城下の女性が私に用事などないわけだし」

「その無自覚が一番怖いんですよ! 代わりに誰か行かせますからとにかく殿下は城に」

「私が行かなくてどうする。他の者が行くならば常にやっているのだから意味が無いだろう? どうしてもと言われても城の仕事を昨日のうちにあらかた済ませたのも今日のためだし、逆に城の者へは私が留守にするからと業務を既に割り当ててあるのだし」

「ああ、はい、解りました! どうしてもと言うなら自分がついて参りますから、絶対に言うこと聞いてくださいね!?」 

「珍しいな……そんなに必死で」

「あと今日は人が良さそうなのやめてください」

「何をそんな無茶苦茶なことを……」



 ****

 ——王女の場合


「ねえ料理長、ちょっとの間、調理場を貸してくださらないかしら」


 昼食の片付けがひと段落した頃、アウロラは厨房前に出てきた料理長を呼び止めた。


「おや姫様。それはよろしいですけれど、もしやあれですか」

よ。たくさん作るからちょっと時間かかるけど」


 料理長は得たりとばかりに笑むので、アウロラもそれを受けた。


「なるほど。それならばわしも喜んで手伝いましょう」

「あら、だめよ」


 きっぱりと断られ、料理長は袖を捲る手を止めた。


「だって料理長のも入ってるんだもの」

「ほほう、これはこれは。して、作り方や何かは?」

「ふふふ。甘く見ないで。お母様も得意でいらしたし、どうしたらとっておきのお菓子になるか、もうここに入ってるから大丈夫」


 得意げな王女に、料理長は白い髭を揺らしてふぉっふぉっと笑う。


「そりゃ頼もしい。大臣には黙っといてやりましょう」


 王女が時々、市中の菓子屋の工房に出入りしていることは、菓子屋の夫婦からよく聞いている。


 ***


 ——下男、城のあちこちで呼び止められる


「あっ、シードゥスちょっと待って。これ昨日作ったからあげる」


 下男のシードゥスが調理場の仕事を終え、洗い場の洗濯物を抱えて廊下を走っていると、すれ違った下女に呼び止められた。一瞬、速度を緩めたところに簡単に包んだ菓子が放られる。


「いいんですか? やった、小腹空いたとこです」

「どうぞー」


 礼を言ってまた走り出す。今なら午前二回目の洗濯に間に合う。


「シードゥス、ちょうど良かった。さっき包み終わったのよ、はいこれ」

「え? あ、どうも」


 洗濯を渡した女官にも焼き菓子を渡され、後で食べようとポケットにしまう。これから急いで書類を部署から部署に運ぶ手伝いをしなければ。


「お疲れ様シードゥス。ちょっとこれ、食べてみてくれない?」


 商務省に言いつけられた書類を取りに行くと、ちょうど部屋へ水差しを持ってきていた女官に紙に包まれた小さな板を渡される。包みを開くと濃い茶の菓子らしく、甘い香りが鼻腔に入る。


「外国の商人からいくつか買ったの。みんなにあげてるからどうぞ」

「珍しいんですね。貰っときます」


 会釈して立ち去り、次の部署へ向かう。そしてその後もいく先々で同様のことが待っていた。


「いいところに来たわね、この飴玉、あげる」

「お腹空いてない? これ食べてって」

「あ、いまから殿下の執務室? これ殿下に持っていらして。シードゥスのもあるからね」

「ちょっとシーくん、お願い、この味変じゃないか確かめて欲しいの、シーくんにも一個あげるから!」

「おやまぁまた細っこいのが走って。ほら、この甘いのあげるから適当に休むんだよ」


 逐一呼び止められては、時に差し入れ、時に味見の依頼、はたまたわけもわからぬ理由で菓子をもらい、シードゥス本人の両手はいつしか塞がってしまった。


「まずい、これ一回部屋に置いてこないと……」


 その途中で何故か料理長からも物をもらう羽目になったのだが。


 ***


 ——そして件の二人はどうなったのか。


 数時間後、城へ戻る道を進む王子と従者の荷物は両手では抱えきれず、公務用の馬が気の毒なほどであった。


「この類の文化には疎かったが、まさか全て菓子とは……しかもわざわざ私に食べろと言われてしまうと驚くな。悪くなる前にアウロラとかに分けたらだめなものなのか」

「殿下じゃなきゃやめとけと言いますけど、別にいいですよもう……こうなるから言ったのに……」

「いや、ロスもかなり貰ってなかったか」

「殿下の方が十数倍多いでしょう。だから今日はその無駄に人の良さそうな顔を市民に向けないでいてくだされば……」

「元からこの顔なのだが」


 ロスは心底疲れたというのを露わにして、大仰にため息をついた。その様子に、カエルムは美麗な顔立ちに困った笑いを浮かべると、話を変えようと尋ねる。


「それにしても、女性が何か男性に物を贈る日なら、ロスこそ城にいた方が良かったのではないのか。ソナーレもおそらく何か渡すつもりがあったということだろう?」

「できれば、あれから貰うのより殿下の護衛で済む方がよほどましです」


 王女付き女官としての力量はあれど、調理場に立つ能力と侍女の能力は違う。


「問題は、これだけのものを貰ったままにはできないというところか。これはいつ返礼をするべきなんだ」

「問題はそこよりも返礼の量ですよ」

 

 そしてさらに加わるのは、誰が配りに行くかである。本人が行ったらまた面倒そうだ。


 〜〜〜シレア国に決して来ないだろうバレンタイン。スピンオフで遊びました。ホワイトデーはどうなるのか〜〜


 また如月さんと話していたら生まれたスピンオフでした! ありがとうございます。




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