もしもシレアにホワイトデーがあったら……その壱
前回の続きです。本編では絶対にあり得ない、「もしシレア国にホワイトデーがあったら……」です。
ほぼ会話劇でお送りいたします。
******
——行動規制をかけられる
「殿下、本日はくれぐれも城から出ないでください」
朝の会議の開始前、ロスが必死の形相でカエルムに詰め寄った。言われた方は呆れ顔で相手を見返す。
「またか。先日の諸外国の行事というのは一年に一回だと言っていたからもう問題ないだろう」
至近距離で忠告したロスを押し返し、カエルムは腕組みをしながら抗弁した。
「それに今日は城下の市民に貰った菓子の返礼の日だというから城から出ないわけには」
「その返礼の日だから申し上げています。貴方が行くと城下がひどい騒ぎになりますし返礼品を配るどころか逆に危険な目に遭いますから」
「しかし今日は城の仕事もあるしすぐに行って帰ってくるつもりで」
「貴方が行ったらいつ帰って来れるかわかったもんじゃないですし仕事増やすだけですから」
「だからと言って代わりに誰が。王族が貰っておいて自ら行かないとはやはり立場上……」
「あら、じゃあ私が代わりに行ってくるわ」
カエルムの言葉を遮り、戸口で涼しい声がした。
「ちょうど城下に私が出す触れもあったでしょう。お兄様もあまりロスを困らせちゃだめじゃない」
王女が春初めの年中行事の次第を知らせる書状をひらひらと振る。菓子を食したのは王女も同じであり、確かに理に叶う。カエルムが納得したことに、ロスはこれまでにないほど王女に感謝した——はずだった。
***
「自分の読みが甘かったのを認めます……」
ロスは王女を前に乗せて馬の歩を進めながら、うんざりと項垂れる。
二人が城下から帰ったのは日も暮れる頃になってしまった。幸い、王女の方は城の業務がなかったとはいえ、完全に誤算である。
「本当。ロスもあんなにお礼しなきゃいけないところがあったなんて」
「そうじゃなくて」
「え?」
王女は心底何もわかっていないようで、ロスの方へ振り返る。その手は前に載せた大きな袋を落ちないように抑えていた。
「なんで返礼に行くはずが行きよりも荷物が増えてるんですか……」
そう、カエルムが貰った菓子を配り歩いていたら、「あっ姫様、これ食べてみない?」「あら殿下はいらっしゃらないのね〜残念だけどじゃあ姫様に」「姫様、殿下に似ていらしたねえ、これ持ってきなさいな」と、何故かお礼を渡すたびに向こうが物をくれるのだった。
「まあ、普段もよく貰っちゃうのだけれど」
明るく笑う王女だが、さらに従者が頭を悩ませることもある。
「やっぱり行事だからかしら。いつも以上だわ。何かで返さないと、こんなに王族が貰ってちゃいけないわ」
「問題は渡す相手が女性だけじゃないって方ですよ」
「え?」
そうである。王女が受け取ったのは、兄が菓子を受け取った女性たちばかりではない。なぜかここぞとばかりに門衛やら市警やらパン職人や書店の息子やら、男どもが手渡しに来るのである。宿屋の老主人や中年の学校教師とかはいいとして。
確かに、最近は大人びて母后に似てきたと城の中でも評判になっているし、行事や外交などの夜会の姿に振り返る者も多い。女官の方からも時折りその手のことは耳にするが……
「やっぱりあなた方は兄妹でした……」
「なに当たり前のこと言ってるの?」
誰かに分担してもらわないと、従者が気苦労で倒れそうである。これの兄がまさか止めるはずもあるまい。
——作者の体力の事情で、ホワイトデーは続く……——
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