テハイザ出立前夜(王子のフリーダムには付き合いきれない)
***これは、『天空の標』の数日前のお話です。ほぼ会話劇でどうぞ***
即位前の外遊において、諸国を歴訪し、予定していた交渉はいずれも成功した。残るは緊張関係の続くシレア南の隣国、テハイザと和平交渉を行うのみとなった。
テハイザより一つ前の訪問国は明日にも発てるだろうというとき、次期後継者であるカエルムは、外遊に供だった臣下を見回す。
「それではこの国と結ぶべき輸出入の協定については、概ね予定通りになった。ただ皆も感じているだろうが、まだ細目が甘く、今後、商取引で問題が生じる可能性が高い」
同意を示す仕草を確かめ、続ける。
「そこで細かい点について、もう少し協議を詰めてほしい」
「は。殿下、しかしこの国の滞在を延ばすことは……」
「先ほど国王陛下とお会いしたときにお話ししたところ、むしろ残ってもっと話し合いたいと仰っていた」
「いつの間にそんな話を……」
唖然とする担当官によろしくと返し、カエルムは別の官の方を見る。
「それから今朝、クーリエ国からの使いがあった。先日取り決めた文化交流の件に関してシレア側に有利な条件を出してくれている。できるだけ早くに話し合いたいとの仰せで、やや距離があるがシレアに帰る前に行って欲しい。長官に人選は任せる」
「はぁ……」
王子の話は続き、このままではテハイザに行く人間がどんどん減るのでは、と皆が不安になる頃である。
「というわけで、テハイザには私とロスで行くから」
「はあぁぁぁっ!?」
呼ばれたロスという従者をはじめ、場にいる全員が立ち上がって驚嘆の叫びを上げた。
「ちょっと待ってください殿下」
「テハイザに二人って殿下」
「そんな危険を殿下」
「話し合いに行くだけだし、旅費と時間を無駄に使うこともないだろう?」
狼狽の声をいくら聞いても、カエルムは朗らかに笑っているだけである。
「大勢で行く方が刺激する。むしろ少人数で行った方が良い」
「そんなことを仰っても殿下」
「大臣と姫様がなんと言うか」
「殿下にもし万一のことがあったとしたら」
まあまあ、と慌てふためく者たちを宥めると、そう慌てるな、と蘇芳の瞳が怪しく光った。
「それに、行くのは私とロスだし」
すると、うるさく騒いでいた臣下が水を打ったように静まる。ひと呼吸ののち、どこからともなく呟きが起こる。
「まあ、ロスなら」
「いいか。殿下とロスなら」
「怒られるのも平気だろうし。ロスなら」
「ちょっと酷くありませんかそれ」
別の言い合いが始まるのをにこにこと眺め、カエルムは会議の閉会を告げた。臣下の一部はまだ不安が残っていたが、今日の交渉も実に肩の凝るものではあったし、まあ明日の朝に止めればいいだろう、と銘々、あてがわれた部屋に帰っていった。
明朝早くのことである。
「ロス、出るぞ」
「は? まだ日の出じゃないですか」
「昨晩のうちに陛下には挨拶を済ませた。うちの長官はもう説得済みだ」
「ちょっと待ってください。本気だったんですか」
「私が冗談であんなことを言うと思うか?」
「え」
言うはずがない。記憶を辿っても言うはずがない。
「急げ。煩いのが起き出す前に行く」
まだ混乱するなか、早く早くと急かされロスとカエルムは都を立った。シレア臣下のうち、外政担当官の長が二人の出立を見送ったという。
もちろん、担当官にも驚きがなかったわけではない。ただ、後で彼が語るにはこうである。
——まあいいか、大臣と姫様に叱られるのはロスだし。
かくして二人の旅は始まったのであった。
***
突発的に思いつきで書いただけです。
こんなこともあったかもね、というエピソードヴァージョンその一。
この後、怒られたかどうかはこちらに。
https://kakuyomu.jp/works/16816452221199228986
ゆうすけさん、タイトルいただきました。
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