第二章 4話 戦いの狼煙
「そう、俺たちは人間だ。だから、ここで軍から逃げ出してもそれが自分の心に正直になって出した答えなら誰にも止める権利も、ましてや非難する権利もない」
その場でも、モニターの先でも人々は動くことも無く彼の言葉に聞き入る。
「だが奴らは来る。それも群れとも呼べる集団を形成して必ず来る。そして、この惑星を手始めに奴らは人類への
ジャックはそこで言葉を切ると一呼吸入れる。
「この宇宙に人類の逃げ場はない」
重く威厳すら感じる口調で彼はその言葉を告げた。
「これから始まるこの戦いは、これまで何度も言われ続けて来た人類と奴ら機械生命体との全面戦争開始の合図だ」
人類が遠く遥か彼方に浮かぶ小さく蒼い星から光速飛行技術を開発し、外宇宙である宇宙連邦に加盟。その中心となり様々な文明と共に築き上げてきた数百年の歴史上で出会ったはじめての外敵ともいうべき機械生命体。
「あいつらはただ破壊する。ありきたりだが、それが奴らの目的だ」
様々な異星人との交流を続け、宇宙連邦の首都星となった彼ら人類に対して、ファーストコンタクトの時点から問答無用に攻撃を開始してきた機械生命体。
その後の調査で機械生命体に滅ぼされた文明が存在し、彼等の目的などが調べられたが、彼らが奪うのは命であり破壊した文明は再生される事はない。どこから現れどこに向うのか、誰が何の目的で創り出したのかも分かっていない。
「ここが! これからここから始まる戦いこそが……」
ジャックは右手の拳を握り締めると、眼前に構える。
「銀河に住む全ての人類と、機械生命体との
彼は右手を握り締めたままで続ける。
「ハッキリ言う、この場で残った者には死ねと言ってるも同然だ。この事態は誰にも予想出来ない。周辺の星系に応援を頼んだが集まる戦力は乏しく、準備もままならない!」
ジャックは一度、深呼吸をする。
「だが! 援軍は必ずやって来る! 例え俺たちが戦い敗れても、ここで俺たちが命を賭して戦えば、俺たちの屍を超え! 人類は必ず奴らへの反撃を開始する!」
ジャックは静かにモニター越しに集まる人々を見つめるように視線を動かす。
「俺がこの言葉を発するに値しない人間なのは重々承知だ。だが、何の因果かその役が俺に回って来ただけの話だ……」
再び自らの拳に視線を戻し、深呼吸すると彼は全身全霊をかけて言葉を発した。
「だから言うぞ! 俺と共に死にたい奴は残れ! そして、武器を取れ!」
ジャックはハッキリと力強く言葉を発する。
「愛する家族! 愛する恋人! 戦後の名誉! 報奨金! 理由なんでもいい!」
「自分心に正直に問いかけてくれ!」
「残りの時間を逃げて逃げて逃げまくるのもいい。それも人生だ。もう一度言う! 死ねと言われても残れる者だけ残ってくれ。そして……」
「俺と共に戦いの
ジャックは勢いよく拳を振り上げる。
その声にオーウェンが続くと、モニター越しにあちこちで大勢の声が木霊する。
その中には俯き肩を落としてその場を去る者も多くいた。その姿を見てジャックは静かに言葉を告げる。
「おいおい! 俺は言ったはずだぜ? 自分の心に正直に聞いてくれってな? この場を去る者が悪いんじゃない。残るもが偉くもない。どっちかってーと、残る者はバカな部類だ」
突然のジャックの言葉に再びその場に沈黙が訪れる。
「だから、胸張って顔上げて歩きな! どちらの道が正解なんてないさ。人間、後悔しない奴なんていねぇーよ。ただ、どうせ後悔するなら自分の心に正直に生きて、少しでも後悔の少ない道を選んだ方がいいだけさ……」
ジャックはいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ、もっとも。俺なんざ。後悔ばかりに人生だけどな!」
その言葉で残ると決めた者、去ると決めた者の違いに関係なく、その場、この言葉を聞いた全ての人々が笑顔を浮かべる。
そして、去る者、残る者がそれぞれの場所で別れの挨拶を交わし始める。その光景を眺めていたジャックに声をかける人物がいた。
「見事ですな……ジャック殿」
「トレイダー提督……。勘弁してくださいよ」
ジャックに声をかけたのは退役間近の艦隊指令長官トレイダーだった。
穏やかな笑みを浮かべると老提督はジャックの背中越しにモニターを見つめる。そんな彼のためにジャックはモニターの前を空けようと移動するが、すぐに老提督が静止した。
「こんな老いぼれの前を空ける必要はない」
老提督の言葉に苦笑いを浮かべるジャックは、しぶしぶその場に留まる。モニターを眺める二人の視線には、一人、また一人と去る事を選んだ者がその場から離れていく。
やがて、去る事を選んだ者はいなくなり、残る事を選んだ者だけになると、静かに穏やかに老提督は歩み出すとジャックの隣に立ち、モニターの前に姿を現す。老提督の姿を捉えた兵士たちは口々に驚きと賞賛の声を上げる。
「遥か昔。ある国の元帥はこう言ったそうだ「老兵は死なない。ただ消え去るのみ」……と」
穏やかな表情で口を開いた提督の言葉に、その場に居合わせた全ての人が耳を傾ける。
「だが、さらに
この軍事基地で最高顧問であるこの老提督は、その人柄から基地の人々から信頼と尊敬を集めていた。オーウェンが最も尊敬する人物でもある。
「どうせなら、わしも老いてますます盛んな虎になりたいと思うてなぁ」
しばらく穏やかな表情で笑みを浮かべていた老提督だが、静かに敬礼をするとその表情を引き締める。
「諸君らの命……。わしが預かる。この老いぼれと若き仮面の虎と共に存分に死のう」
老提督の言葉に居残った人々は返礼を返す。満足そうに老提督は頷くと、ジャックに催促するように目で合図を送る。ジャックは再び「やれやれ。柄じゃないんですがね」と言いながらモニターに向かう。
「俺なんかに認められても嬉しくないだろうが……。ここに残った兵士達は立派だよ。心から尊敬に値する」
ジャックの言葉にオーウェンは初め、作戦会議室に集まった全ての兵士がジャックの言葉を心に刻み込む。そしてモニター越しに集まった全ての兵士も同じ気持ちでいた。
残った兵員の総数は、正規隊員の半数にもみたないだろう。しかし、これから始まる激戦で彼等は自らの命を顧みず、人類の為に死力を尽くすだろう。こうして後世に百年戦争と呼ばれる人類と機械生命体の戦闘はジャックと言うハンターの演説から始まった。
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