第一章  2話  死の化身

「タイプ・クィーン……」


 オーウェンは緊張で渇ききった咽から声を絞り出す。

 全長10メートル超えの超機械生命体クラス。このクラス単体でひとつの街を壊滅される事が可能な程の戦闘能力を有する。


「全員落ち着け! 各自、発砲準備! 持ち場に戻れ!」


 部隊長の声が現場に響く。だが、新兵の実践経験も兼ねた防衛部隊は、パニックが伝染し、逃げ惑う兵士で命令を聞いている者はいなかった。


「ええい!」


 部隊長は舌打ちし、光銃を構えると射撃を開始した。光線はクィーンに全弾命中しているが、クィーンはまるで意に介さず逃げ惑う隊員を次々に絶命させていく。

 部隊長の反撃に呼応する様に数名の隊員が砲撃を始める。

 やがて生き残った隊員達は己の手にする武器を仲間の命を奪った相手に向け始めた。凄まじい数の光線がクィーンに注がれる。オーウェンは目の前に広がる光の舞を呆然と眺めていた。


(ダメだ……。だめなんだ……みんな、今の武器装備じゃ……)


 オーウェンの心が声にならない叫びを上げる。恐怖を感じながらも、彼はどこか冷静に自分達とクィーンの戦力を測っていた。


 彼等の装備はアント対応には十分過ぎる攻撃力を有するが、クィーンクラスの敵にはまるで効果がない。

 オーウェンの眼前では、再び殺戮が始まった。

 クィーンの進む方向に新たな死体が築き上げられる。機械生命体に思考や感情があるか判明していない。だが、人間や動物が持つ本能とも言うべき感覚が告げる。


(あいつは……殺戮を楽しんでる!)


 オーウェンの本能が告げる。歯はガチガチと音を立てて震え、膝も振るえ足に力が入らない。その事実を彼は今になって認識する事が出来た。

 そして、死の化身は……。部隊長を含める多くの仲間に死をもたらし、彼の眼前に現れた。


「オーウェン危ない!」


 サラの叫び声が聞こえた瞬間に、彼は何かに押される。とてもゆっくりと時間が流れ始める。突き飛ばされて流れる身体とは反対に、意識はサラ方向へ。

 刹那せつな――彼の全神経は視線へ。そして、その視線の先へと注がれる。


 ――そこには笑顔のサラがいた――


 次の瞬間、死神の鎌が彼女を捕らえた。サラの身体は血飛沫を上げ宙を舞うと。地面にしたたかに叩きつけられた。


「サラァー!」


 オーウェンはこの瞬間に至って我に返った。呪縛の解けた彼は自分を助けてくれるために身代わりになってくれた女性の名を叫ぶ。

 地面に接すると同時に回転し、受身を取るとオーウェンはその反動ですぐに起き上がると、素早くサラの元へ向かう。


「サラ!」


 再び彼女の名前を呼ぶと、うっすらと目を明けた彼女は微笑を浮かべる。


「しっかりしろ! 待ってろよ? 今、治癒する!」


 オーウェンは腰の緊急治癒キットを取り出すと、まず痛み止めを皮膚注射し、次に傷口にゼリー状になった治癒薬を塗る。止血効果がすぐに効き。血は止まるが傷は深い。


「オーウェン……。に……逃げて……あなただけ……でも」


 サラは荒い息で必死にオーウェンに逃げるように勧める。サラの口元から新たな鮮血が流れ出る。痛み止めが効いているのか、

 苦痛の表情を見せる事はないが、一刻も早い正規の治療を行わなければ、彼女は確実に死を迎える。

 オーウェンは視線を上げた。その先に広がる市街地には、避難途中の市民の姿があり、不安げにこちらの様子を伺っていた。視線を再びサラに向ける。


(俺は……。大バカ野郎だ!)


 オーウェンは勢いよく立ち上がると、クィーンを視線に捕らえる。クィーンは他の隊員の命を奪おうとしていた姿勢のまま停止した。

 オーウェンの視線を感じたのか、ゆっくりと彼へと向かってくる。光銃の威力を最大に彼はクィーンへ発砲する。


「俺は! サラも! 街の人々も! 仲間も! 置いて逃げたりしない!」


 オーウェンは魂の咆哮を上げた。平然と近づくクィーンの前へと立つ。


「よく言ったな! 青年!」


 直後、ヘッドセットから聞きなれない、しかし、力強い声が聞こえた。オーウェン両脇を凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。それはクィーンへと命中し、轟音と爆煙をあげる。

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