第一章  3話  仮面のハンター

 砂埃が舞い、オーウェンの視界を奪う。何とか片目を開けた彼の視線の先には一台の無重力バイクが止まっていた。


「なかなか、気合いの入った雄叫びだったなぁ。青年!」


 バイクにまたがった男が愉快そうにオーウェンに声をかける。

 ゆっくりとバイクから降りた男は黒髪で、同じく黒いスーツとマントを羽織り、そこから覗く両腕はたくましい筋肉で覆われている。

 腰に装備した風変わりな武器や計器を鳴らしオーウェンの前へと歩み寄ると、年代物らしいゴーグルを外す。

 そのゴーグルの下から現れた顔は笑みを浮かべていたが、右顔の半分は仮面で覆われていた。


「ま……まさか……。仮面のハンター……。怪人ファントム……ファントム・ジャック?」


 オーウェンはこの数時間で何度目かの驚きの声をあげる。男の後ろから現れた人物がオーウェンの横を急いで通り過ぎる。

 それはこの世の物とは思えないほど美しい女性だった。彼女はすぐにサラの元へ駆け寄ると様態を確かめる。


「良い応急処置ね。これなら彼女、助かるわ」


 女性はオーウェンを振り返り微笑むと、再びサラへと抜き直り彼女の傷口に手をかざす。直後に女性は淡い緑の光に包まれ。その光はサラの傷口を綺麗に治癒していく。


「ラフェニア星人……?」


「ああ、安心しな青年。セフィリアに任せとけば大丈夫だ」


 笑みを浮かべる男の姿をオーウェンは再び確認する。


「ぷっ」


 突然、オーウェンの背後から空気の抜ける音がする。彼は振り返るとそこにはセフィリアと呼ばれた先程の女性が、口元に手をあて両肩を震わせていた。


「てめぇ、セフィリア……笑ってんな?」


(そうだよなぁ……。はどう見ても笑いを我慢してるよな)


 男の声にオーウェンは自分の置かれている状況も忘れて納得した。


「そんな事より、ファントム……ぷぷっ……さん。お仕事してくださいね?」


 明らかに笑いを我慢してセフィリアは男に声をかける。


「ちっ。仕方ないな。で、その子は間に合うんだな?」


 面倒そうに答えながらもサラの様態を確認する。


「間に合わせる……」


「それじゃ、俺は俺のお仕事……しますかね!」


 短くも即座に答えたセフィリアの返答に、満足な笑みを浮かべると彼は振り向きながら答えた。その視線の先には、爆煙の中からクィーンが姿を現す。しかし、先程までと違いその胴体には、大きな傷が生じていた。


「まっ、スピーダーの光子弾くらいじゃ……死なねえよなぁ」


 不遜ふそんな笑み――そんな言葉が似合うとオーウェンが思うほどに、ジャックの立ち姿は自身に溢れていた。彼は腰のホルダーから銃を取り出した。


 (何だ? あの銃は……。光銃でも実弾でもないぞ?)


 オーウェンはその風変わりな銃を見て混乱した。

 彼が取り出した銃の先はスパナの様な形状になっていて、光銃や実弾銃の発射口が見当たらなかった。


「さぁ……狩の始まりだ」


 オーウェンの混乱を他所に、ジャックは不敵な笑みを浮かべると、クィーンに向けて走り出す。


(は……速い!)


 その加速力にオーウェンは先程の混乱を忘れ魅入ってしまう。

 クィーンは何の迷いも無く自分に向かってくる、小さく儚い命に向かい鎌状の大きな前足を振り下ろす。

 その素早い攻撃は、確実に獲物を捕らえた――かに見えたが、ジャックはその攻撃を紙一重で交わす。それは、偶然ではなく完全に見切っている動きだった。

 直後――彼の仮面の黒き闇に、紅く輝く光点が閃く。

 クィーンの攻撃を交わした勢いを利用して回転したジャックは、振り向き様に左手の銃をクィーンの前足に向けて発砲する。


施錠ロック!」


 銃から放たれたスパナ式弾丸が、クィーンの前脚の付け根に噛み込む。そしてジャックの声に反応すると、「ガチィ」と音を立てて固定される。


回転スクロール!」


 再び彼の声に反応すると、スパナ式弾丸は高速回転を開始する。


解除パージ!」


「カキィーン」と乾いた金属音が響くと、クィーンの前脚はスパナ式弾丸が食い込んでいる根元から綺麗に切り離される。

 まるでその場所にボルトがあり、そのボルトを文字通りスパナで取り外したと思わせる程に、それは鮮やかに切り離された。

 クィーンも何が起こったか理解出来ない様子で、突然失った前脚にバランスを崩す。

 だが、バランスを崩しながらも残る前脚をジャックに向け薙ぎ払う。その攻撃をさらに後方に跳躍して宙を舞い避ける。着地したジャックが左腕を掲げると同時に、スパナ式弾丸が彼の銃へと飛来し再装填される。

 すぐに彼は右手を右股に固定しているソケットに素早く指を入れる。そこには4つの袋があり、それが右手の各指に合わせてあるのかすべての指先が吸込まれる。 直後にクィーンへ向けて突き出された右腕の指先には、各指先に円筒の何かが装着されていた。


指弾丸しだんがん!」


 オーウェンがジャックの指先に装着された指弾丸を視認して声に出したのと同時に、ジャックの指先から4発の弾丸が発射された。それはクィーンに向かって飛来し、大音量と閃光を閃かせた。


 その音と閃光にクィーンの動きが鈍る。


(ノイズ弾!)


 指弾丸の効果を確認するオーウェンの視線の先では、指弾丸を撃ち放った指先に装着可能な小型式発砲を投げ捨て両腕を腰の後へと回すと、勢いよく再び前へ突き出す。

「ガシィン」と響く機械音と共に彼の腰の左右に小型式ブースターが固定される。


「加速!」


 固定された小型反重力ブースターのスイッチが押され、点火と共に彼の身体は宙に浮かびマントをたなびかせ、クィーンに向かって加速し突進を開始する。ジャックは右手に腰から新たな銃を抜き放ちさらにクィーンへ肉薄していく。


(速い!)


 オーウェンはジャックの一連の動きの正確さと速さに驚き言葉を失っていた。自分の目の前で展開されている光景は、まるで映画のワンシーンと思えるくらいに美しかった。




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