8-4

 山本 太一は昨晩からの事情聴取の為か、随分と疲れた感じでゆっくりと、椅子の背にもたれる様にカタンと小さな音をたてて座った。前の乱れ髪を直すことなく、その顔は憔悴しきっていた。


 大木はカメラに向かい目配せした後、項垂れる山本を見ながら話し始める。


「では、取り調べを始めます」


「……取り調べ……私は犯人扱いか……」

 山本はほとんど口を動かさずに、ボソッと言った。


「はい。現段階では重要参考人から容疑者に移行しています。昨晩と聴取内容が重複すると思いますが、正直に答えて下さい」


「はぁ~……」

 山本は深いため息をついた後、

「あ~私ではない。私は犯人ではない……これは間違っている。弁護士を、弁護士を呼んでくれ~」

 と、半べそをかきながら訴えた。


「山本さん、取り調べに弁護士は介入出来ません。ただ、あなたには黙秘権を行使する権利がある。しかし、やっていないなら、それこそ正直に話して下さい」


「…………」


 最初に形式に則ったかたちで、山本 太一の身元確認が行われた。


 氏名 : 山本 太一

 年齢 : 42歳

 住所 : 静岡県富士市伝法○○○-1

 職業 : 中古自動車販売兼修理整備業

(株)コスモスモータース代表取締役社長


「あなたは9月17日事件当夜、天野 礼子さんと一緒に三島市市民文化会館小ホールで行われたコンサートに行った事に間違えないですね」


「はい」


「当日待ち合わせの連絡にSMS、ショートメールサービスを利用していますね」


「はい」


「お互いがSMSを利用する以前ですが、天野さんとはどういう経緯で知り合ったのですか」


「……出会い系サイトです」


「なんという名前のサイトですか」


「マッチングメールというサイトです」


「親しくなったいきさつをお聞かせ下さい」


「富士署で何度も話しましたが……」


「確認の為です。お願いします」


「サイトの中に日記が書けるサービスがある。彼女はエロスというペンネームで写真付きの日記を書いていた。私は彼女の日記のファンで、よくそれにコメントを入れていました」


「日記と一緒に写真も投稿出来るのですね。どんな内容の日記と写真でしたか」


「……かなりアダルトな内容の、日記と写真でした」


「具体的には、性描写的なものですか」


「そうですね。ただ、サイト運営側の検閲があるのでそれほど過激ではないですが、下着とか、レオタード姿などです」


「このサイトの利用は長いのですか」


「私は半年ほど利用しています」


「天野さんはどうですか」


「解りませんが……、かなり前から利用していたのではないかな、日記の閲覧数は多かったし、コメントも凄かった。サイト内では女王のような存在だった」


「ほぅなるほど、女王ですか」


「私なんかからしてみれば、高嶺の花でした」


「そこにコメントを入れて仲良くなったんですね」


「はい、そうです。しかしコメントに返事が無いことの方が多かったかな」


「コメント以外にコミュニケーションはとれるのですか」


「コメントとは別にサイト内のメールサービスがあります。そのサイメで個人的なやりとりをするようになりました」


「そのサイメを利用して天野さんを誘ったんですか」


「そうですが、私としては本気で誘っていたわけではなく、まぁ会えたらラッキーかな程度に……」


「その調子で、SMSに移行したのですか」


「いや、私からではありません。彼女が連絡先を教えてくれたんです。今考えるとおかしな話ですが、それまでの誘いにはほとんど無視状態で、どちらかというと嫌われていると思っていました。それだけに嬉しくなってしまって……」


「そうなんですか、しかし、天野さんが出会い系サイトを脱会してしまったので、今となっては会話の履歴が確認できませんね」

 大木はそれまでの穏やかな口調に、少しアクセントを付けて話した。


「あなたから強引に誘ったのではないのか」


「勘弁してください。そんなことはありません」

 山本は泣き出しそうな顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る