8-10

 9月17日

「無題」(差し込み Thanatos)


 さくのよに

 ひかりはあるの

 わたしにはわかる


 しんじつだけを

 てらしだす

 みえないひかりが

 あなたをいぬき

 そこに おちるかげ


 ほのぐらい

 そのかげが


 わたしのすべて


 未投稿


 ・・・・・・・・


 9月20日

「終天の朔」(Luna Lups)


 陽の当たる場所なんか在りはしない

 空っぽのこころに明日の風は届かない

 堕ちて行くからだは誰にも見えはしない


 朔の夜


 信じることをやめた日が

 記念日になった


 だから

 闇を棲家と決めたんだ


【コメント】閉じている


 ・・・・・・・・



「確かに、こうやって並べてみるとラブレターのようだ」

 大木は頷きながら言った。


「たぶん、5月16日の日記に礼子がコメントした後で連絡をとりあい、通信アプリに移行したんだろう。そして6月10日の、彼が投稿した日記迄の間に二人は会っている」


「ははぁ、なるほど……10日の日記は、最初に投稿した16日のものに比べると、随分と明るい日記になっていますね。なんか、ウキウキしている感じだ」


「礼子に会って、恋をしたんだろう。彼女はその気持ちを受け入れている。そして、7月3日の日記迄の間にふたりは深い仲になった。3日の日記には、彼女の抑えきれない想いが見え隠れしている」


「しかし警部、8月2日の礼子の詩は何かおかしな気がしませんか。ルナ・ルプスがこんなにもストレートに気持ちを伝えているにも拘わらずその応えが、鏡花水月……鏡に映る花、水に浮かぶ月、すべては儚いまぼろしと。なにか一歩、退いているような感じがします」


「あぁそうだ、よく気がついたな。分不相応、自身と身の丈が合わないという自虐的な詩に感じる。それがどのような理由からなのか……。それと、ゴミ箱にスマホを置いたのは、礼子本人なのだろう」


「……どんな奴なんでしょうかねぇ、このルナ・ルプスという男は」


「真犯人だよ。今日書かれた最後の日記『終天しゅうてんさく』は、自白文のようにもとれる……」


「朔の夜、信じることをやめた日が記念日になった……なるほど、犯行の夜は朔月だった。あっ警部、終天の朔とはどういう意味ですか」

 大木は頷いた後、日記と新見の顔を交互に見ながら尋ねた。


「簡単に言えば、永遠の朔。この世の終わり迄続く月の無い夜、暗闇ということかな……しかし、これだけでは今のところなんとも言えないな。サイト運営会社に連絡してルナ・ルプスの身元を洗ってくれ。あと礼子が、あらかじめスマホをゴミ箱に置いた理由だが……」


「万が一ルナ・ルプスが、犯行後に持ち去ることを危惧した……ですね」


「ああ、その通りだ」


(神がかり的な、偶然……)

『一人の人間が他人の人生を横切る。もし横切らねばその人の人生の方向は別だったかもしれぬ。そのような形で我々は毎日生きている。そしてそれに気がつかぬ』


 新見の脳内になぜだか、遠藤 周作の言葉がこだました。真由理がよく口にした小説『もし……』の一文である。


『人々が偶然とよぶこの「もし」の背後に何かがあるのではないか。「もし」をひそかに作っているものがあるのではないか……』


「大木、大至急頼む、私は明日一番で山梨へ向かう!」


「は、はい、かしこまりました」


 新見の力強い言葉に、大木は圧倒された。

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