第5話 御光の家のこと

5-1

「山梨県警から、天野 礼子の情報は来てないか」


「はい、午前六時頃所轄より報告がありました。河口湖町の本籍地には当時の家屋がそのまま残っていますが、一部崩壊し手付かずの雨晒し状態だそうです。当時の暮らしについては調査中ですが、祖父母が新興宗教に関わっていたそうで」


「新興宗教に。なんという宗教なのか」


「御光の家と言いまして、今は存在しておりません」


「みひかりのいえ……」


「詳しい情報を集めますか」

 大木が尋ねた。


「いや、この件は私の方で調べてみる。君は現捜査に集中してくれ、セカンドエフォートを忘れるなよ」


 大木は、川村から教えられた言葉を思い出した。


 セカンドエフォートとは、アメリカンフットボール用語である。直訳すれば「第二の努力」という、人生訓のようにも聞こえる言葉だ。

 アメリカンフットボールはラグビー同様、タッチダウン(ラグビーではトライ)迄の、陣地とりをめぐる戦いである。 4回の攻撃で合計十ヤード前進しない限り、攻撃権は相手方に奪われるというルールだ。

 ボールを持った選手が敵陣を走るか、パスを通せば陣地が増える。ところが敵は、そうはさせじとタックルをかけてくる。倒され、膝をついた時点で一回の攻撃は終了する。しかしタックルを受け、ああ、もう倒れるといった瞬間に踏ん張り、わずか一歩でも多く走るかジャンプしてボールを遠くに置く。このように、最後の最後、一ヤードでも多く陣地を得るための努力を、セカンドエフォートと呼ぶのである。

 川村警部補は、捜査チームを編成する度によく話してくれた。

「たった一ヤードのゲイン。そんなのが役に立つのかと思われるかもしれないが、この一ヤードのプラスアルファーが何を生み出すか。私はこの言葉に、特別の価値を模索する。もう倒れるのは確実なのだ、時間の問題なのだ。しかし、そこでできる何かがあると信じているのである。セカンドエフォートがチームを強くするからだ。余力を残さない、倒れる寸前まで最後の力を使い切る、セカンドエフォートのできるチームは必ず強くなる」



「担当はなんと言う人だ」


「富士吉田署の原田巡査部長です。ベテランの方だと聞いておりますが」


「ありがとう、連絡を入れてみるよ。その後に川村さんの見舞に行くので宜しく頼む」


「承知しました。セカンドエフォート、セカンドエフォート……」

 大木は繰り返し同じ言葉を呟いた。



 富士吉田署に電話をすると担当の原田は非番であり、連絡を取るか確認されたが明日迄待つことにした。

 電話を切ると新見は、すぐさまノートパソコンを開き、御光の家を検索した。


 検索ページの冒頭には、


宗教法人 御光の家/破産開始決定


代 表:大原 光洋

所在地 : 山梨県都留郡富士河口湖町◯◯-◯

平成十一年、同法人は山梨県地裁富士吉田支部より破産手続開始及び解散の決定を受けた。


負債総額 : 七億八千万円


新興宗教として、山梨県都留郡富士河口湖町に本部を置く宗教法人御光の家は、平成十一年七月、火災により本堂を全焼。死者二名を出し、その後の動向を注目されたが、同年十月に今回の処置となった。

 

破産管財人は古田 芳郎弁護士

(古田法律事務所、山梨県富士吉田市旭1丁目◯◯-◯ 電話 0555-22-◯◯◯◯)


 との内容があっただけで、それ以外の情報を得ることは出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る