10-2

「静岡県警の新見 啓一郎と申します、夜分に恐れいります。こちらは富士吉田署の原田です」

 二人が警察手帳を見せ挨拶をすると、「弁護士の古田 誠司です。あなたが新見……警部ですか……」

 原田とを見比べながら、若き県警の警部に驚いた様子で、少しばかり眉を潜めながら、「……こちらに、どうぞ」と、二人を応接室に案内した。


 応接室では既に芳郎弁護士がソファーに座って待っており、案内された二人を見るやおもむろに立ち上がると、原田に向かって、「静岡からご苦労様です。古田芳郎です」と挨拶をしてきた。

 新見は原田の困惑した顔を確認すると、頭をかきながら、「夜分に申し訳ありません。静岡県警の新見 啓一郎です」と、笑顔で肩をすぼめる。


「あなたが新見警部でしたか、失礼しました。業務の方はせがれに任せておりまして、私は相談役としてこのような過去の案件への窓口となっております。既に70を越えておりますので、もういずれ、引退させてもらいますが」

 顔をほころばせながら挨拶をする芳郎弁護士に、新見は少し違和感を感じた。

(左頬の痙攣、右腕の振戦しんせん……脳梗塞か)


 黒革の長ソファーに座ると、テーブルの上には、厚さ10cm程のファイリングされた資料が三冊置かれていた。背表紙を見ると、すべて御光の家破産解散時の資料であると伺える。


「ええと、今日は何でしたかな……」

「親父、御光の家についてだよ」

 誠司は芳郎の隣に座りながら、優しい口調でファイルを指差した。

 二人の会話から、新見は直ぐに気がつく。

(脳梗塞からの後遺症か、パーキンソン病……認知の症状も出ているのか……故に、そういうことか)


「ああ、そうだったな。解散時の信者の、えぇ、その後の話だったな」

 息子の顔色を確認しながら話している。

「そうだよ……」

 言いながら誠司は、新見に目配せをした。


 新見は微笑しながら軽く目を閉じ、大きく頷いてそれに応える。


 新見の反応に安堵した誠司は、一冊のファイルを開きながら、

「施設に滞在していた信者のリストです。債権権利は存在しませんので、その後の消息は解りかねますが、各信者の年齢と本籍は記載されています」

 と、丁寧な口調で、新見に付箋がされた一冊のファイルを渡した。


「拝見させて頂きます」

 滞在信者の付箋ページを開くと、箇条書きされた32名の氏名が記され、その下に、性別と本籍が書かれている。よく見ると年齢の高い順に並んでおり、本籍の上には丸でしるしされたものと、印が無いものがある。天野 礼子は名簿の最下位にあり、丸印があった。


「この、本籍の丸印は何ですか」

 新見の質問に、


「これは解散後、信者たちが本籍に戻ったかの確認の印です。今現在は定かでは無いが、丸の付いている者は一旦実家に帰っております」

 と、芳郎が答えた。チラと誠司に目をやると頷いている。


「天野 礼子さんとは面識が在りませんが、解散後は暫くは実家に居たようでした。一週間程は連絡がとれていましたからね。本籍に帰れない信者達は、役所の計らいで一時ユースホステルに宿泊させました」


「この、吉田 雅子さんの名前の上に星印がありますが……」


「……うーん、なんだったかなぁ」

 芳郎が首を傾げていると、

「この人は信者代表として、連絡係りを引き受けてくれた方です」

 誠司が代わりに答えた。


「誠司さんもお父上と一緒に、御光の家の破産申請を手掛けていたんですか」


「はい当時、弁護士になったばかりでして、この件に関しましては父の下で。吉田さんは実家に帰らず、ユースホステル住まいをしておりました。しっかりした方で、他の信者からも信頼されておりました」


「当時42歳……天野さんとも親しかったのですかね」


「信者からは、おつぼね様と呼ばれていましたからね。特に女性信者からは信頼が厚かったようです」


「お局様ですか……連絡先は解りますか」


「長野の実家に戻ったようですが、今はどうしているか。天野さんに関しては、その後の消息が途絶えてしまって皆目検討がつきません、ただ、同じ時期に同郷の、片桐 浩一なる信者も居なくなってしまって、他の信者の話では一緒に山梨を出たのではないかと……」


「片桐 浩一当時19歳、本籍は山梨県、富士河口湖町......直ぐ近くですね。あたってみます」

 原田は応接室から出ると、所轄に携帯から電話をかけた。

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