10-3


「破産解散の経緯ですが、教団の代表役員である大原 光洋氏の息子夫妻が亡くなっていますね。後継者を失ったことでの、銀行の貸し剥がしが破産に拍車をかけたのですか」

 新見の問いに、


「バブル崩壊後の御光の家の台所事情は、年をおう毎に悪化しておりました。教団は当座貸越の利息を払うのに不動産の一部を売却したり、信者に無理な布施料を要求したりと自転車操業が続いて……当時、筆頭債権者である銀行は、火事以前から債権の回収に動いておりました。代表役員である光洋氏は、失意の末、火災保険金及び息子夫婦の生命保険金受け取り確定前に、私どもに破産相談をしております」

 誠司が答える。


「保険金支払い確定までに、だいぶ時間がかかったのでしょうか」


「火元は厨房からで、夕食後の火の後始末の不備からとなっています。放火等の犯罪の痕跡は無かったと。死亡保険金に至っては受け取り側である教団の代表役員の大怪我もありましたから、犯罪の可能性は薄いと判断されました」


「この火災死亡事故で得をするのは、筆頭債権者である銀行ということですか、それでもまかないきれていないが……」


「火災保険生命保険ともに、もともとは銀行が融資の際に加入させたものです。保険会社は銀行系列ですからね、支払いにはそれほど時間は掛かりませんでした。故に、破産申請から決定迄が早かったのです」


「息子夫婦とともに、12使徒の一人、加茂川 勝氏も責任役員になっていますが、どのような方なのですか」


「亡くなった愛明氏の妻、大原 美也子さんのお父様です。火傷により入院した光洋氏に代わり、破産手続きの一切を加茂川氏が執行しております」


「御光の家に、常駐していたのですか」


「いえ、執行役員に名を列ねていただけです。産婦人科医をなさっておりました」

 芳郎が答えた。


「はぁ、なるほど。美也子さんの実家は産婦人科病院なんですか……加茂川氏はご健在なのですか」

 新見は視線を芳郎に向け、話を続ける。


「今は廃業して……。奥様と共に甲府の介護付きマンションに移住されました。立派な方でした、破産解散業務にお一人で奔走されていて。まるで、一人娘を失った悲しみから逃れたいかのように……」


「そうでしたか……。光洋氏は酷い火傷を負ったとのことですが、今はどうされているのでしょうか」


 芳郎は視線を下げながら、

「破産した大原氏は生活保護を受けながら、退院後は火傷の後遺症もあり、老人福祉施設に入所されていましたが……3年前に亡くなっております」

 と、答えた。

 誠司に目をやると頷いている。


「お話し中に失礼します」

 原田が応接室に戻る。

「警部、所轄から片桐 浩一の実家に連絡を入れましたが、留守電になっていて繋がりませんでした。河口湖町に向かいますか」


 新見が腕時計を見ると21時を回っていた。

「いや、もう遅いですから明日伺いましょう。古田さん、こちらの滞在信者名簿の写真を撮らせて頂けますか」

 新見が内ポケットからスマホを取り出すと、


「名簿だけでよいのならコピーをとりましょう。少々お待ち下さい」

 と、誠司はファイルを持って事務所に向かった。


「芳郎弁護士、本日は貴重なお時間をありがとうございました」

 新見は原田と共に頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。昔の案件を思い出すのも、脳トレになりますから」

 ハッハーと、屈託なく笑う芳郎に、新見はあらためて深々とこうべを垂れた。


 帰り際、誠司は名簿のコピーを手渡しながら、

「今夜は驚きました。これ程快活に話している親父を見たのは久しぶりです」

 と笑った。

「新見警部、不明な点がありましたら何時でもお越し下さい。健闘を祈っております」


「ありがとうございます」



 朝7時前、宿泊先のビジネスホテルに原田からの連絡が入った。窓の外に目をやると、どんよりとした低い空で、昨晩からの細い雨は続いていた。


「おはようございます警部、お休みのところすみません。今、大丈夫ですか」


「原田さんおはようございます、早いですね。これから富士吉田署にお伺いしようかと、どうしました……」


「先程、片桐 浩一の実家と連絡がとれました」


「それは良かった。で、彼はこちらに住んでいるんですか」


「いいえ、それが、18年前に亡くなっていて……自殺だそうです。当事は川崎に住んでいたようで、そのアパートで首を吊ったと」


 新見の脳裏に、御光の家時代の礼子の写真が甦る。

(MA-1ジャンパー……礼子の隣に写っていた男性信者)


「そうですか……それで、礼子とは一緒だったんですか、彼女は確か、好きな男に騙されて保証人になったと……片桐がその相手では」


「さすがですね、その通りです。ヤミ金に手を出して、にっちもさっちもいかなくなったようです。当事、天野 礼子と一緒に暮らしていたと、亡骸なきがらを引き取りに行った父親が話してくれました」


「……川崎の、魔窟……」

 マンションでの、斎藤の供述を思い出した。


「警部、そうなると、今日は長野から当たりますか、吉田 雅子の実家に……」


(斎藤の供述……遠い昔、若い頃の出産……相手は片桐なのか、だとしたら私生児、いや、卵巣摘出したとなると死産だったのか……)

「その前に甲府、加茂川氏の居る老人福祉施設を訪ねましょう。少し気になることがある」


「承知しました。吉田 雅子の実家の電話番号は調べてあります。警部が来るまでに在宅を確認しておきます」


「警察だとは言わずに、在宅の有無だけを確認してください」


「承知しました。では後ほど」

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