9-3

「三島市民文化会館で天野さんと会ったのは、何時でしたか」


「……駅前の駐車場に着いたのが、18時15分くらいだったと思います」

 山本は、大木の顔色を伺いながら話し始めた。

「そのあとスマホで連絡を入れてから……彼女からは直ぐに返信があり、その後コンサート会場に向かいました。会ったのは……18時半過ぎくらいだったかと……」


「連絡には、ショートメールを使っていますね」


「はい……そうですが」


「返信を読んで、何か感じましたか」


「えっ、どういうことでしょうか……」


 大木には、ショートメールの二人の会話に少しばかり違和感があった。山本が到着したあとの、礼子が最後にした返信文にである。それ以前の会話には、礼子は絵文字を多用していたが、それには使用されていなかった。その違和感を、山本自身が感じていたのかを確かめたかったのだ。


「いえ、別に意味はありません」

(誘導尋問にならぬ様、これ以上は聞かぬ方がよいか……)


「あぁ、絵文字がなかったことですね。なんだか、それまでは会うのが楽しみな様子でしたが、あっさりした返信に少し拍子抜けしたのを覚えています。緊張してるのかな、と解釈しましたが」


「そうですか……」

大木は山本の答えに納得し、質問を続けた。


「会場前で、天野さんに会われた時の印象をお聞かせ下さい」


「はい、会場入り口前の階段を上った所に彼女が立っていて……最初はわからなかったんですが、肩から提げたショルダーバッグを見て、私から声を掛けたんです。私をちらっと見た後、軽く頭を下げてから、おもむろに、はいとチケットを手渡されて……」


「その時の会話は、何か話されましたか」


「お互い本人確認をしただけで、チケットを貰って私が代金を支払う間もなく、彼女はどんどん会場に入って行くものですから、私はただ後ろをついて歩きました」


「チケットは、天野さんが用意していたんですね。会場に入ってからはどんなでしたか」


「彼女は入ってすぐの売店で、コンサートパンフレットを買ってました。バッグから財布を出すのを制して、パンフレット代金は私が支払いしました」


「あなたも一緒に買わなかったのですか」


「なんと言ったかな、(Wolfgang)ウルフ……ガングですか、もともと興味は無かったですからね。ジャズも好きではないし」


「……えっ、どういうことですか……」

 大木は少しばかり戸惑った。

「知りもしないアーティストのコンサートに行ったんですか……」


「私はコンサート自体どうでも良かったんです、彼女に会えさえすれば」


「ちょっと待って下さい……」

(どういうことだ、山本が誘ったのではないのか……)

「話をサイトメールに戻します。サイト内でのやりとりですが……」


「だから、最初から言ってるだろう、誘ったのはエロスからだと!」

 大木の困惑を悟った山本は、大声で言い放った。

「全てエロスからなんだよ! それまでは、こちらが誘ったって見向きもしなかったくせに、突然サイトメールに連絡が来て、それまでとは打って変わって、甘い口調で私を誘ったんだ!」

 山本は、タガが外れたかの様に怒鳴り散らす。

 興奮した山本を大木が制したところで、コンコンと取調室のドアが静かにノックされた。


 振り返り、ゆっくりと開くドアを見た大木は一瞬固まる。


「新見……警部……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る