第3話 川村 修のこと

3-1

 沼津市上香貫の斎藤 政志宅は、150坪程の敷地に建つ切妻屋根の二階建てで、門構えの立派な邸宅である。

 自宅にはあらかじめ在宅確認の電話をしたが出なかった。表札を見ると斎藤と木板に行書で書かれている。門に設置してあるドアホンを鳴らすと「はい」と応答があった。


「三島警察署から参りました。恐れ入りますが政志さんはご在宅でしょうか」


「あ、あいにく留守にしております」

 枯れた女性の声であった。少し慌てた様子である。


「政志さんのことで、お話を伺いたいのですが」


「……はい、少々お待ち下さい」


 暫くすると老婦人が出てきた。

 歳は80近くか、小綺麗な服装で髪もセットしてある。聞くと斎藤の母親だと言う。


「ここでは何ですから、玄関の方へどうぞ」

 捜査員二人の警察手帳を確認すると、玄関の中に案内した。


「今日は仕事に出ております」


「お仕事はどちらですか」


「今日は多分、清水町の方だと思いますが」


「ん、と言いますと」


「飲食のお店を3軒やっておりまして。今日は沼津港で仕入れをしてから清水町の店に行くと、朝早く出かけて行きました」


「なんというお店ですか」


「アルカディアというパスタ専門店です。あの……、政志がなにか」


「いえ、ある事件で少しお話をお伺い出来ればと思いまして。お店の電話番号を教えて頂けますか」


 母親から番号を聞き捜査員の一人が携帯で店に電話を入れる。もう一人の捜査員が他の2軒を母親に確認すると、三島市と沼津市に同名で喫茶店を経営していた。


 パスタ店に電話をしたところ、今日は一度も見ていないと言う。ただ、斎藤が仕入れた魚介類は冷蔵庫に保冷されていたことから、仕入れ後、店に寄ったことは確かなようだ。

 いつもなら社員が来るまでに定番メニューの仕込をするそうだが、今日に限ってされていなかった為、朝から厨房はてんやわんやだったと言う。

 その後斎藤からの連絡も無く、店から電話をしても繋がらない状態らしい。他の2軒も同様に、斎藤との連絡がとれずにいた。


 捜査員はすぐさま捜査本部に携帯で報告をした後、斎藤の写真を母親から借り、携帯で撮った数枚を署に送信した。


 捜査本部では持ち込まれたコンビニの映像と、コンサート会場で映っていた男が同一人物であると確認出来た。斎藤とは違う人物であった。


 その後新たな情報が入り、現場ビルの六階空きフロアには、7月まで会員制のカラオケパブ『アルカディア』が入居していたことが判明。更にコンビニ店長からの証言で、カメラに映っていた天野 礼子が、アルカディアのホステスだったことが明らかになった。仕事帰りによく買い物をしていたと言う。

 カラオケパブ『アルカディア』の経営者は斎藤 政志である。


 本部が一気に動いた。


 川村副本部長の指示の元、重要参考人として斎藤 政志と、コンサートに同伴した男の足取り捜査に、集中的に捜査員が動員された。


 時間は16時を少し回っていた。


「任意同行しか求められないが、今のところ斎藤とコンサートの男が、被疑者に一番近い存在ですな」

 川村は鼻を荒くして新見に目配せすると、笑ってみせた。


「今のところ、そのようですね……」

(川村さんは変わってないな)

 新見は10年前に刑事として、初めて入署した三島警察署時代の初日を思い出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る