第7話 秘密

7-1

 駅前派出所の木下巡査は、ビニール袋内に保管された礼子のスマートフォンを大木に手渡した。

「ご苦労様です、被害者のスマホはこちらです。カバーがされていますし、素手で扱っていたので、犯人の指紋が出てくれるかどうか……」


 デニム生地のカバーからでは、確かに指紋の検出は難しい。ゴミ箱から発見されてから、天野 礼子のものだと確認される迄に何人かの手を渡っていた。


「巡査は、ここから発見現場に急行したんだよな」

 大木が尋ねた。


「はい、目の前のビルだっただけにショックでした。重要参考人の車が、そこに駐車されていたとは……」

 木下は、派出所から左手に見える駐車場を指差しながら、ため息をついた。


「しかも、伊豆箱根バス乗り場のゴミ箱とは、派出所の前を歩いていたかも知れないということなんですよね……」

 50メートル程右側にあるバス停を見つめ、苦虫を噛み潰す。


「気持ちは解る。こいつが突破口になることを祈っていてくれ」

 大木はスマホを鞄にしまいながら、木下に目配せした。


 署を出る前に連絡しておいた為か、駅内の忘れ物預り所に行くと、発見した清掃員が待っていてくれた。中年女性で、構内の清掃業務が主な仕事だという。田中と名乗った。


「スマートフォンを見つけたのは、何時頃でしたか」


「出勤して直ぐでしたから、7時過ぎ……くらいでした」

 あごに指を当てながら、少し緊張ぎみに話した。


「通常業務は構内の清掃なんですが、出勤時と業務終了時に外のゴミ集めをします」


「外トイレの脇にある、鉄製の丸いゴミ箱ですよね」


「はいそうです」


「ゴミ箱には、どのような感じで捨てられていたんですか」


「どのような、と言われましても……最初はスマホが捨ててあるとは思いませんでした」


「と、言いますと」


「見えてなかったんです。新聞紙やら週刊誌なんかが捨てられていて、それらを持ち上げたら、ぽろっと落ちてきたんです」


「ゴミは多かったんですか」


「いいえ、そんなには。近くにジュースの自販機がありますから、空き缶やペットボトルは、そちらの専用のゴミ箱に捨てられますので」


 少し考えてから、

「間違えて捨ててしまったのかしら……と思ったんです。雑誌や新聞紙に挟んだまま、忘れてしまったのかと。綺麗なカバーもしてあったし」と、田中は付け加えた。


(確かにそうかも知れない、警部の違和感はそこにあったんだろう。犯人が捨てたのだとしたら、こんな犯行現場の近くには捨てないはずだ。あの時の警部の反応はそれを示唆していた。自分もそれを感じた……だから今、ここにいる)


「週刊誌……」

 大木は呟いた。


「ゴミ箱に入っていた週刊誌を覚えていますか」


「えっ、余り気にしませんでしたが……うーん、たしか、マンガと……女性向けの週刊誌だったかしら」


「覚えていませんか、表紙の写真とか」


「そうねぇ、表紙は誰だったかしら、うーん……誰か女優さんだったような……」


 大木は瞬間的に立ち上がると、

「ちょっとそこのコンビニ迄、一緒に行って頂けますか、お願いします」

 と、田中に頭を下げた。田中は同席した駅員の顔色を伺っている。


「いいですよ田中さん。行ってくれば」

 駅員は促した。


 大木は直ぐに三島署に連絡を入れ、コンサートに同伴した男が購入した週刊誌の名前を確認次第、折り返すよう指示を出した。


 殺人現場一階のコンビニに着くと、入り口右手の雑誌コーナーの前に田中を案内し、

「この中に、捨てられていたものと同じ週刊誌がありますかね」

 と、数冊ある中から、ゴミ箱にあった雑誌を思い出して貰う。


「……あぁ、ごめんなさいね。わからないわ」

 暫く見渡した後、申し訳なさそうに答えた。


 署からの連絡で、購入されたものは女性誌であり、雑誌コーナーにも置かれていた。 田中にそれを見せても確信は持てないと言う。


(これ以上は無理か……)

 田中に礼を言うと三島署に向かった。


(田中の言うように、雑誌にスマホを挟んだまま忘れて捨ててしまった……何時捨てたのか、誰が捨てたのか。犯人が捨てたのなら犯行の前か後か……)


 車中、大木は思いを巡らせていた。


(警部の違和感は、捨てたという表現に疑問符を付けたもの……そうだ、犯人が捨てるなら現場から離れた場所、発見されない海や川、いや、そもそも捨てやしない、捨てたのではない。隠したのか……それでは同じだ。ではなんだ……置いた、置いたのか。誰が、何の為に……)


 車を路肩に止め、鞄から礼子のスマホを取り出すとバッテリー残量を確認した。60%程残っている。

(電源を切ってから置いたのか……そこに何かしらの目的があるとしたら……)

 大木はあらためて、新見の洞察に敬意をはらった。

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