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駅前のロータリーが混雑していたこともあり、東側駐車場にパトカーを入れたのは八時四十分頃であった。駐車場に接するスクランブル交差点を渡った所に建つビルが、事件の発見現場である。
築三十年以上。六階建てビルの一階には最近出来たのか、建物のわりにそこだけ華やいで見える、二十四時間営業のコンビニエンスストアが入っている。早朝から続いた、マスコミ関係の取材合戦は落ち着いた様子であった。
Keep Outと張られた隣ビルとの間は四尺程あり、制服警官に手帳を見せた後、腕章と白手袋をつけて路地を抜けて行くと、奥裏手には非常階段があった。階段は各階毎ビルの中央に踊場が設置され、ジグザグに屋上まで繋がっている。
二階は二十四時間体制の警備会社、三階は不動産会社のオフィス、四階は司法書士事務所、五階は音楽教室、六階は空き事務所で、駅側から見える窓には入居募集のポスターが貼られていた。六階まで各階の踊場に非常ドアが設置されており、内側から施錠されているので外から入ることは出来ない。屋上のみ解放されている。
屋上に上がる頃には二人とも息を切らしていた。
「……ふたり掛かりならまだしも、一人で上げるにはキツいか。複数犯と仮定すると目撃リスクが高くなる……」
「……はい、そうですね……」
両手で膝に手をあて息を調えた後、周囲を見渡すと、北西のフェンス越しからは秋晴れの富士山が綺麗に見え、下方に目をやると、三島駅とロータリー式のバス停留所が見える。新見はその景観に息を飲んだとともに、このロケーションで六階エリアが空いていることに、少し疑念を抱いた。
被害者が倒れていた所は、人型に白く縁取りされている。
(夜景を観るには絶好の場所だな)
ふと思えた。
非常階段が設置されている南東側に隣接するビルは、地上五階建てであるため屋上の日当たりは良い。四方を見渡し視界を遮る建物はほとんど見当たらなかった。
「外からの目撃者は期待出来そうにないな。ん、これは……」
新見は、被害者が倒れていた場所から五メートル程先のフェンス脇に、小さく光る物を見つけた。
「百円玉ですね。鑑識が見落としましたか、回しておきます」
大木は念のため、スマホで写真を撮ってから百円玉を拾い上げた後、腕時計に目をやり「警部、そろそろお時間です」と、新見に声を掛けながら左手を見せた。
「おっ、いかん」
見ると九時十五分を回っている。二人は足早に現場を後にした。
捜査本部会議の前に署長室に出向いた。
山崎署長は昨年の四月迄、静岡県警本部で刑事部長を務めていた。五十六歳、階級は警視正。新見とは二年程県警で仕事をし、彼の明晰さを高く評価するひとりである。
「新見警部、今回は私から君を指名させて頂きました。ここの大石警部は来年一月に定年を迎える。このような事件なので外れて貰いました」
「存じ上げております。ご期待に応えられるよう最善を尽くします」
二人は固く握手をし、二階の会議室に向かった。
今捜査の編成は総勢七十三名。
捜査本部長の新見 啓一郎警部を筆頭に、副本部長、川村 修警部補。事件主任、早川 洋一巡査部長。広報担当、三浦 彩美巡査長。捜査班運営主任、大木 颯人巡査長。その他に鑑識課から二名、捜査班長六名とその配下に各十名、計六十名の捜査員が就く。
川村による編成紹介の後、新見が挨拶をした。
「昨夜、三十八歳の女性が何者かにより殺害された、善良な市民だ。我々は皆等しく、死に向かって生きている。が、ひとりとして自身の死を願う者などいない。予期せぬ突然の死、その恐怖、その無念は被害者以外知ることは出来ない。警察官の正義とは何か、それは被害者の無念を晴らすことだ。早期解決犯人逮捕が無念への鎮魂となることを願う。捜査員全員の活躍を期待する」
「はい!」という返事が会議室に轟いた。
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