6-3
十四時半、早川からランチアについての報告があった。
「年式が同じ県内十二件の対象車を調べましたが十件が色ちがい、二件は同じ赤いランチアですがストライプがありませんでした。十二件全ての所有者をあたりましたが、皆アリバイがあります。現在、年式違いの県内二十三件の対象車に移行し、捜査を継続しております」
「そうか……厳しくなってきたな」
「県外のランチアも捜査を始めましょうか」
早川が尋ねた。
「いや、それは大木の帰りを待ってから考えよう。報告次第では別の切り口が見つかるだろう。通信アプリが全てアンインストールされてなければ、たぶん……」
早川は、左の口角を少し上げ目を細めながら窓の外を見つめる新見の横顔が、僅かな笑みを湛えたのを見逃さなかった。新見の真意を確かめる為声を掛けようとした時、近くの内線電話が鳴った。一階広報担当の三浦 彩美巡査長からである。
「はい、捜査本部早川です」
「お忙しいところ失礼致します、三浦です。新見警部にお客様です。ロビーに富士吉田署の原田巡査部長がお見えになり、警部との面会を希望されておりますが、会議室の方にご案内してもよろしいでしょうか」
「警部、広報の三浦からで、一階に富士吉田の原田巡査部長が見えているそうですが」
「原田……ん、今日は非番ではないのか、わざわざ……直ぐにお通ししてくれ」
三浦に案内され原田が会議室に入る。少しくたびれた薄手のハーフコートを纏い、肩から黒いビジネスバッグを提げた、長髪の初老の刑事である。
新見は会議室の入り口迄歩みより、
「新見です。わざわざ静岡までありがとうございます。今日は非番と聞いておりましたが」
恐縮すると、
「はじめまして。あなたが新見警部ですか、富士吉田署の原田です。突然すみません」
白髪混じりの前髪が垂れるのを、手で押さえながら挨拶をしてきた。
「ちょっと因縁てやつですか……退職前に昔の事件に関わるとはね、ついついここまで来てしまいました。うちの署長には許可を得ています。まぁ向こうに居場所が無いってのが、本音ですが」
原田は飄々と笑ってみせた。
「因縁といいますと……天野 礼子を知っているんですか」
「えぇまあ、祖父の自殺はご存知でしょう。丁度あの頃交番勤めをしておりまして、現場に急行したのは私なんです」
「そうでしたか、ガイ者が中学生の頃ですよね」
「はい。第1発見者は天野 礼子なんですよ」
「…………」
新見は驚き言葉がみつからない。
「彼女から通報を受けましてね。気丈と言うか何と言うか、発見した状況を、涙ひとつ見せずに淡々と話していました」
沈黙の後、新見は思い出したかのように、
「それでは一寸これを見て頂けますか」
と、先程拡大コピーした、御光の家の信者達の写真を原田に見せた。
信者を指差しながら、
「ここに写っているのは、天野 礼子で間違いないですか」
と尋ねる。
原田は胸ポケットから眼鏡を取り出し、
「老眼が進みましてね、失礼します。あぁ確かに天野 礼子ですね。うんうん間違いない、この目付きは確かに彼女だ。しかしこんな古い写真をよく見付けましたね」
と、驚いた表情で新見を見つめた。
「ええ、この本に」
「新新宗教総論、そうでしたか。いやね、ネットを検索されたかと思いますが、御光の家の情報が少なかったでしょう。こちらで困っているかと思いまして、当時の資料をコピーしてきました。まぁ、ファックスで済む話なんだが……」
一瞬、原田は遠い目をした。
「なんだか当時のあの娘を想うと……こんな浅学菲才でも、お役にたてるかと思いましてね」
(ここにもひとり、礼子の無念に導かれた男が……)
「こちらに、どうぞ」
新見は奥の長テーブルに案内した。
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