7-7

富士市某所


「すみません社長は電話商談中でして、10分程お待ち願いますか」


「はい。わかりました」

 受付の女性社員にそう言うと、捜査員はもう一人に目配せし、ショールームから早歩きで外の非常階段に向かう。


「閉店間際にすみませんね。しかし、雑誌でしか見たことないような名車ばかりですごいなぁ。これはディーノでしょ、あっちは、ほぅ、アルピーヌA110ですか……実物を見たのは初めてですよ。全て社長さんが買い付けに行くんですか」


「はい、大抵は。東京の中古市場の情報をネットでやり取りしたり、直接お客様の自宅まで見積り商談に出掛けたり、様々です」


「そうなんですね。あぁそうだ、社長さんが乗られてるランチアのデルタですか、あの車も希少品でしょ」


「あの車は社長のお気に入りでして、足回りや塗装に随分こだわって修理しましてね……」


 話の途中でスマホが振動した。捜査員は電話を受けると、駆け足でショールームから出て行った。


「山本さん、どちらに行かれるんですか」

 二階の非常ドアから出て下に降りてきた山本 太一に、階段下で張り込みをしていた捜査員が、声を掛けながら警察手帳を掲げる。


「あ、いや……用事を思い出したものですから」


「私たちがショールームで待っていたのは知っていただろう。挙動不審で署まで来て頂きましょうか」

 駆け付けた捜査員が声を荒げながら山本の前に立つ。


「なっ…………」


「天野 礼子さんをご存知ですね」


「そんな人は、知りません」


「いや失礼。ではエ ロ ス、ちゃんではどうですか」

 名前にアクセントをつけ、山本の様子を伺う。


「うっ…………」


「亡くなられたのは、いつお知りになりましたか」


「……昨日のニュースで、まさかあの娘だったとは、でもわたしでは……」


「詳しいことは署でお伺いします。ご同行下さい」

 山本を乗せた警察車両は富士警察署に向かった。

 富士署での事情聴取で、礼子殺害時間のアリバイが立証出来なかった山本は、翌日、被疑者として三島署にその身柄を引き渡されることとなる。


・・・・


「ご苦労様、それで指紋は出たのか」

 斎藤のマンション捜索開始から、小一時間程で新見が到着した。


「警部ご苦労様です。何点かの指紋が天野 礼子のものと一致しました。今のところ斎藤と被害者の指紋だけしか出ておりません」


「出入りしていた中年女性は、礼子で間違いなしか」


「はい、そのようです」


「斎藤は昨日はここで過ごしていたんだな、何をしていたんだ」

 新見の問いに早川は、リビング脇に視線を落とした。


「ん、これらのダンボールはなんだ」

 リビング脇に置かれた二つのダンボール箱に歩み寄る。


「はい、昨日斎藤が仕舞い込んだらしく、後で処分するつもりだったと……」

 早川はダンボール箱の上部を開き、中身を新美に見せた。


「なんだ、これは……」


「拘束具、束縛具、手枷、足枷、口枷、アイマスク、それとムチ。そっちのダンボールにはコスプレ用のレオタード、男性用サック、アダルトのDVD等が入っています。無修正のものもあるので署へ引っ張れます」


「なんと…………」


「すべて、斎藤が被害者とのプレイに使っていたものだと吐きました」

 リビング奥では、捜査員に事情聴取を受けている斎藤がこちらを見ながら項垂れていた。


「その目的でこの部屋を利用していたのか……」


「ここ3ヶ月、被害者がアパートにあまり帰っていなかったのはここで寝泊まりしていたものと、奥の6畳間に礼子の指紋が多数見つかっております」

 新見は早川と共に部屋に入る。


「この部屋に……質素だな」

 部屋を見渡すと、壁側にセミダブルベッド、その対面に長さ150センチ程の背の低い木製タンス、ベッドとタンスに挟まれる様にパイプ製の机と椅子がある。机の上にはノートパソコンが開かれていた。


「このパソコンは」


「はい、被害者が使っていたものと思われます。中を見ようとしましたが、ユーザーロックがかかっているため開けません。斎藤はパスワードを知らないようです」


「パスワードは何桁だ」


「たぶんユーザーIDとパスワード、それぞれ8桁以上で大少英数字、記号混在かと。鑑識課に持ち込まなければ解読は無理です」


「ブルートフォースアタックで、解読に一日はかかりそうだな……」


「はい。総当たり攻撃で早くて半日、下手したら2日以上はかかるかと」


「ふつか、いじょう…………」

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