10-5


「恭平さんが、翌日事務所にみえたのは何時頃ですか」


「12時位でした。スタッフ全員でコンサートの軽い打ち上げと反省会をしたんですが、14時前かなぁ、恭平のスマホに着信がありました。電話を切った後血相を変えて、今から長野に行くと、理由も言わず帰ってしまって。次のコンサートの打ち合わせが出来ずじまいで」


「長野ですか……。それ以降、連絡がとれていないのですね」


「はい、そうなんです……」

 佐山は途方に暮れながら、ため息をついた。


「長野県で、心当たりのある場所や、事柄などはありますか」


「恭平が子どもの頃に住んでいた場所が、確か、長野だったと聞いたような……うろ覚えですが」


「そうですか……ん、これは、コンサートのポスターとパンフレットですね。拝見してもよろしいですか」


「はい、三島公演に合わせ作成したものです。これから11月末迄に計5回のコンサートが予定されてますので、よかったら一冊差し上げます」


 大木は長テーブルに置かれたパンフレットを手に取り、頁を捲りながら、

「ありがとうございます。ホームページの画像よりも写真映りがいいですね、かなりのイケメンだ……このモノクロームの雰囲気がいい」

 と、世辞紛いの言葉を発した後、最終ページを開いた。


「ほうこれは、萩原朔太郎の『月に吠える』……ん、なにぃ!」

 パンフレットを持つ手が、ワナワナと震えた。

「朔の夜に光はある、流浪のさだめ、漂白の……これは、『朔月』……」


「はい、未発表の恭平の新曲ですが良くできているでしょう。朔太郎を引用したことで、ぐっと雰囲気が出た。ん、なにか……」

 大木の尋常でない顔付きに、佐山は言葉を呑み込んだ。


「……どうか、されましたか」

 パンフレットを握りしめ、微動だにしない大木に佐山が声を掛ける。


「……この詩を、椎名 恭平さんが書いたのですか」


「ええ、そう、いえ……」

 先程よりも、いっそう険しい大木の表情に、佐山は言葉を濁した。


「そうなんですね!」

 大木は鬼の形相で佐山に詰め寄る。


「何なんですか、この詩がいったい……」

 佐山は困惑し後退りした。


「……あぁ、すみません……いえね、素晴らしい詩だなって、この朔月という新曲はネットに公開されていなかったものですから。何か理由があるのかな……と思って」

 佐山の反応に正気に戻った大木は、とっさに話をすり替えた。


「そうですか、ありがとうございます。ここだけの話ですが、恭平はマンハッタン、ヴィレッジヴァンガードでのライブを控えておりまして、そのライブアルバムにこいつを収録する予定なんですよ。国内コンサートでのオーディエンスの反応を確かめたくてね、それでホームページには載せておりません」

 気を良くした佐山は、ペラペラと喋り出す。


「ニューヨーク、マンハッタンのライブですか、ヴィレッジ……なんですか」


「ヴァンガード、ヴィレッジヴァンガードですよ、数々のレジェンドを排出したジャズの殿堂です。詳しい内容は言えませんがね、へへっ、これで恭平の名は世界中に轟くでしょうよ」

 佐山はニヤニヤしながら誇らしげに話した。


 大木は冷静に佐山を見詰めながら、

「いや、詳しい話を聞かせて貰いましょう」

 はっきりと太い声で返した。



 ・・・・・・・・


「礼子ちゃん、毎晩天子に呼ばれてるってのは、本当なのか……」


「……浩一さん、なんでそれを」


「許せねぇ、あの野郎! おつぼねが手を回しているんだろ、二人の会話を聞いたんだ」


「浩一さん、誰にも話して無いわよね……」


「こんなこと誰が話すもんかよ……おいっ、泣くなよ。そんなに辛いのけ……」


「……浩一さん、この事、秘密にしといてね」


「あぁ、わかったよ、解ったからもう泣くな……」


「……お祖父ちゃんは、お祖父ちゃんは……」


「ん、お祖父さんがどうかしたか……」


「……御光の家に、殺されたのよ……」


「……なんだって……」


「だって……あの日の新聞が、お祖父ちゃんが死んだ日の、無くなっていた新聞が……天子の部屋にあったもの……」


「……で、どうすると、言うんだい……」


「…………決まっているわ……。ねえ、浩一さん……、手伝って、くれるわよね」


 ・・・・・・・・

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