8-3

 会議室の入り口で川村に原田を紹介した後、3人は奥の長テーブルに移った。新見は天野 礼子と御光の家の詳細を川村に説明し、昨晩の斎藤マンション家宅捜索の様子を二人に話した。


 話が終わると原田は大きなため息をつき、

「礼子は生きるのに必死だったんだろう」

 と呟いた。


「原田さんはご存知でしょうか、礼子は出産の経験があるのでしょうか」


「どうなんでしょうね、祖母が亡くなってからは、御光の家で生活していましたので以後のことは皆目見当がつきません。中学を卒業するまでは、何度か登下校する礼子を見かけたことはありますが……」


「平成11年に御光の家が破産解散していますね、火災が原因ということですが」


「大きな火事でした。法人解散の直接の原因はその火災によって、後継者を失ったことにあるようです」


「二名がお亡くなりになってますね」


「はい、教祖大原 光洋の一人息子愛明と、その妻美也子です。光洋自身も大きな火傷を負って入院しました。これ見よがしに、法人の再起を懸念した融資元の銀行が貸し剥がしに動きましてね、これが一番の理由です」


「これだけの規模の宗教法人が解散となると大変な騒ぎだったでしょう。しかし、私は当時中学生でしたが、その報道を知りませんでした」


「バブルの時期に5万人程いた信者が、解散の時には5千人を割ってましたからね。地元では衰退して行く教団の末路は予想出来ていましたし、それほどの騒ぎには……。火災から破産までの期間が短かったのも理由でしょう」


「その後の、天野 礼子の足取りはご存知ですか」


「わかりません。御光の家で生活していた信者は30名程いましたが、火事で宿舎を焼かれてしまってね……だが、破産管財人は知っているかも知れない」


「破産管財人、古田 芳郎弁護士ですね。ご健在なのでしょうか」


「どうでしょうなぁ、当時50歳を過ぎていましたから。何でしたら所轄に調べさせましょうか」


「いや、実は私が直接行って調べてみようかと思っているんです」


「えっ、警部が行かれるんですか」

 二人の会話を聞いていた川村は、原田と異口同音に言葉を発した。


「はい。原田さんにご同行願えれば助かります」

 新見は原田に笑顔を向けた後、川村に真剣な眼差しで頷いてみせた。


「……承知しました。こちらの方は御心配には及びません。私が責任を持って運営します」

 新見の表情から深意を汲み取った川村は、快く応え大きく頷いた。



「警部、そろそろ山本 太一がこちらに到着します」

 鑑識課から戻った大木が声を掛ける。


「はい解った。それでパソコンの方はどうだ」


 大木はテーブルに近づき原田に会釈をしながら、

「ユーザーIDは解読出来ました、現在パスワードの解析に移行しています」

 と、新見に報告をした。


「約12時間か、案外早かったですね。夕方迄には開きたいものですな」

 川村はそう言いながら新見に目配せをし立ち上がると、大木とともに一階ロビーに向かう。


 二人の後ろ姿を見送った新見は、

「それでは原田さんもご一緒にどうぞ」

と言うと、視聴室に案内した。


「本当に、山梨へ行かれるんですか」

 歩きながら原田は尋ねた。


「えぇ、新新宗教総論で、天野 礼子の写真を見た時から考えていました。原田さんの来署で心が決まった……。同行をお願い出来ますか」


「はい、私で良ければご一緒させて頂きます」

 原田は、多分これが刑事としての最後の仕事になるだろうと思いながら、新見に深く頭を下げた。


 二人が視聴室に入ると内線電話が鳴った。

「川村です。被疑者が今到着しましたが、どこから情報が漏れたのか、報道が殺到していて山本の身元も割れているようです。記者会見を要求しておりますが、広報の三浦では対処が難しい様ですので、取り調べの後に私の方で会見の日時を対応します」


「来たか……解りました。山本の顔だけは撮らせない様にして下さい」


「はい、承知しました」


(この段階での会見は困難だ)

 新見は僅かな疑念に拘っていた。


(頼みの綱は、ノートパソコンの中にある……)



 20分後、川村が視聴室に入る。

「お待たせしました。上着で隠しなんとか顔だけは、しかし、いつもながら記者らは情報入手が素早い。山本がゲロすればよいが……現状ではなんとも記者会見は難しい」


「…………」

 新見は黙って目を閉じている。


「……おっ、始まりますか」

 モニターを見ながら原田が言うと、


「9時25分か、予定より遅れてしまったな」

 川村が呟いた。

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