10-9
「どちら様ですか、私に何かご用でも……」
吉田はそう言いながら、原田をギロリと睨みつけた。
吉田の目力にたじろぐ原田を横目に、新見が優しく声を掛ける。
「お忙しい時に突然すみません。野良と言うと家庭菜園か何かを」
新見の屈託無い笑顔に、吉田は少し頬をほころばせた。
「えぇまぁ、小さな庭ですから。丁度プルーンが良く実りましたもので、収穫していたところです」
「ほう、プルーンですか、そいつは珍しい。家庭菜園で実るのですね」
「この辺りではそう珍しくありませんわ。日本にプルーンが持ち込まれたのは、明治初期に長野が最初でしたから」
「そうなのですね、それは知らなかったなぁ」
「気候が合わず初めは定着しませんでしたが、昭和初期に軽井沢で外国人宣教師により改良され、昭和40年代には水田転作用の作物として、本格的に栽培が広がったようです」
「これはまいった。博識ですね」
「ふふふっ、家のプルーンも私と一緒で、もう60を越えています」
「…………」
原田は二人のやり取りに、目が点になった。
「それで、今日は私に何か」
「申し遅れました。静岡県警の新見と申します、こちらは富士吉田署の原田です」
「あらまあ、警察の方。それは失礼しました」
吉田は原田に向け、笑みを投げ掛けた。
「……いぇ、こちらこそ……」
「警察の方が、どのようなご用件でしょうか」
「御光の家について調べております。破産解散を手掛けられた古田 芳郎弁護士の紹介で、吉田 雅子さんが当時、信者達との橋渡し役をしてくれたと、感謝されておりましたので」
「いいえ、私は感謝されることなどなにも。新見さん……と言ったかしら、ここではなんですから、お上がりになりますか」
警察手帳を確認すると、快く二人を家の中に案内した。
「よかったら、プルーン召し上がります? 先程収穫したものを氷水で冷やしてありますのよ」
奥の台所に向かいながら、気を良くした吉田が嬉しそうに声を掛ける。
「採りたてですか、そいつはありがたい。頂戴します。プルーンと言うとドライフルーツのイメージしか無くて」
「収穫したものの半分は、乾燥させて施設に持って行くのですが、こうやって振る舞うのは久しぶりだわ」
「施設に……」
原田は思わず新見の横顔を見詰めた。新見のその頬は、僅かばかり震えている。
「施設と言うとどちらですか」
新見が尋ねる。
「ええ、ご近所の教会、諏訪南修道院ですけど」
「…………」
思わぬ展開に、二人は目を見合わせた。
「諏訪南修道院。……そうすると吉田さんは、椎名 恭平さんをご存知ですね」
「しいな……きょうへい……」
吉田の困惑した様子を確認した新見は、尻上がりに声を荒げながら5名の名を叫ぶ。
「椎名 恭平、加茂川 勝、片桐 浩一、大原 愛明そして、天野 礼子!」
ゴロン……
台所からプルーンが床に落ちる音が聞こえた。見ると吉田は肩を小刻みに震わせ、その顔は天井を見詰めたまま動かない。
「先日三島市で天野 礼子さんが殺害されました。首を絞められて」
「……えっ?」
「犯人は、椎名 恭平です!」
「うぅっ……」
吉田はガクガクと震えながら崩れ落ち、膝をついた。両掌を合わせたまま変わらず天を仰いでいる。
新見は続ける。
「天野さんは司法解剖の結果、卵巣が片方ありませんでした、若い頃に妊娠の経験もあるようだ。加茂川氏に伺っても何も答えてくれません、しかし何かを隠している。破産解散で天野さんと失踪した片桐 浩一は、その後借金を苦に自殺をしています。その保証人となった天野さんは、風俗に身を置いた!」
「あぁー神よ! 私の罪は許されないのですね、これ程祈っても、神に奉仕しても、過去は精算されないのですか、あぁ……いつかこんな日が来るとは覚悟しておりました、今日なのですね、懺悔の日は……。恐ろしい、恐ろしいことです、礼子さんが恭平君に命を絶たれるなんて……」
床に伏せ、号泣する吉田に新見は歩み寄り、優しく肩を摩った。
「やはり、そうでしたか……」
原田は話の行方を想像し、視線を落とした。
「椎名 恭平は、天野 礼子のこども……なのですね」
「…………」
「そして、父親は大原 愛明。教祖光洋の息子だ」
「…………はい……」
「警部、……父親は片桐ではないのですか……」
困惑する原田に、新見は黙って頷いてみせた。
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