第8話 生と死の欲動

8-1

 ---2年前---


「これだけしても、ダメなのね」


「俺はいいんだよ、こっちはお釈迦なんだ。それよりもこいつで楽しませてくれ」


「……オプションだから別料金がかかりますよ」


「あぁ、わかってるよ。俺は、見てる方のが好きなんだよ……」


 ・・・・


「気をやったのか」


「…………」


「興奮したよ、あんた年のわりにいい女だ」


「……そうですか」


「この仕事は長いのかい」


「……どれくらいだろ、わすれたわ」


「人妻店ということだが結婚は、子どもはいるのかい、そうは見えないが」


「……結婚はしてないわ。子どもね、遠い昔の話……」


「遠い昔ねぇ……俺はバツイチだ。子どもは出来なかった。まぁ、それが原因なんだが、種無しでね」


「ふふ、なんだかわたしと似てるかも……」


「ん、どういうことだい」


「男で言ったら種無し、卵巣が無いのよ。病気で片方とっちゃった」


「……それは難儀だったなぁ」


「まぁね……」


「あんた、この仕事は続けるのかい」


「…………」


「あんたさえ、よかったら……」


 ・・・・・・


「俺は朝早くから仕事があるし家には母親だっている、毎日ここに来ていたわけではないよ。合鍵を渡して勝手にやらせていただけだ」


「天野さんの死は、いつ知ったんだ」

 早川が問う。


「礼子のことは昨日、沼津港で仕入れをしたあとにラジオで聞いた。まあ直ぐに足がつくだろうとは思っていたが、昨日の今日でダンボールを捨てる間も無かった……」


「天野さんの妊娠については、知っていたのか」


「それは知らなかった。あの子供服やパソコンは初めて見たよ。多分最近礼子が自分のアパートから移動したんではないのかな」


「あんたの子かね」


「まさか、それはない。俺はED、勃起不全だよ。それに乏精子症だ。男の不妊症……それが離婚の原因さ。女房は男をつくって出ていった」


「しかし斎藤、あんたは天野さんを寝とられたと言うことなんだぜ。腹は立たないのか」


「いや、腹は立つ。しかしあれだけの女だ、何時かはと思っていたし、他に男が出来たって構わなかった。腐れ縁てやつか、俺も歳をとったもんだ」

 斎藤は少し考えたあと

「本当に礼子は妊娠をしていたのか、なんて言ったっけかなぁ、そうはつ らんそう、何とかってやつで妊娠はしないと聞いていたが、違うのか」

 訝しげに早川に尋ねた。


 早川はそれには答えず話を変える。

「デリヘルを辞めてカラオケパブに来たんだろ。以前の天野さんの生活についてはどうだ、知っている範囲で話してくれ」


「あの女は根っからの色情だ。セックスをしているときが生きていると実感できると……若いころ好きになった男に騙されて、保証人になったばかりに自分も借金を背負ったのさ。以来風俗に身を置いたとな。川崎の、魔窟にも居たそうな……」


「……子どもの話だが、天野さんに出産の経験があるというのは本当なのか」


「それはわからねぇ。俺も詳しくは聞かなかったし礼子も話そうとしなかった。お互い訳ありなことに関しては詮索しなかった」


 21時過ぎ、マンションでの早川による事情聴取が終了後、無修正DVD入手経路確認の為、斎藤の身柄は生活保安課にまわされた。


(礼子は子ども服やノートパソコンを高島町に移動した。ゴミ箱にスマホを置いたのが彼女だったと仮定すると……、マンション家宅捜索は礼子の誤算だったのか……だとしたら、パソコンの中に……)


 現場を早川に任せ三島署に戻ると、会議室の新見の机に七海の作った弁当が置かれていた。捜査員達には握り飯と煮物の差し入れが用意されており、皆美味しく頂いたとのことであった。

 弁当の包みを開けると、七海からの手紙が入っていた。捜査のねぎらいと共に、川村が明日から仕事に復帰すると記されている。

 新見は手紙を読みながら礼を伝えたくなったが、時間が時間だけにと躊躇しスマホにかけた指を外した。外しながらも彼女の、屈託のない笑顔が浮かぶのはなぜなのか……


 礼子の私生活、性奴隷とも言えるようなリアルに触れ、こころが萎えたのは事実である。

(礼子に束の間の妊娠をさせた男の存在、犯人は山本 太一なのか……。出会い系サイトのEros、ギリシャ神話の愛の神……。今日は少しばかりナーバスか、いかんいかん)

 自身の頬を両掌でパチンと叩いた。


 23時を過ぎ、公社のロビーに入ろうとしたところで声を掛けられた。軽自動車の横で七海が立っている。

「啓一郎さん……ごめんなさい、なんだか会いたくなっちゃって」

 上目遣いの声がふるえていた。


「…………」


「お弁当は食べてくれたかしら、味はどう……」


 新見はゆっくりと近付き、なにも言わずにそっと抱き締めた。

 七海の呼吸が一瞬止まった。

 昨晩と変わらない、甘いリンスの香りに包まれながら目を瞑り、彼女のうしろ髪に優しく指をからませる。

 七海はそのまま体を預けた。


 静寂の中、彼女の少し速い鼓動が新見の胸に伝わると、抱き締めた腕に力を入れる。

「暫く、このままで……」


「いいのよ。なにか、あったのね」

 そう告げると、新見の背中に両手をまわした。

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