8-5

「話を変えます。事件当夜あなたが乗り入れたランチアデルタの助手席に、天野さんの指紋が多数検出されています。富士署での供述では、天野さんを乗せていないとのことですが、それは嘘ですね」


「えぇはい、これも話したことですが、嘘をついたつもりは無かったんです。コンサートが終わってから食事に誘ったんです。最初は了承してくれて、一緒に三島駅の駐車場に行って私の車に乗ってから、急に用事を思い出したと、後で、1時間半後に、ここから南に下った国一沿いのファミレスの駐車場で合流しようという話になって、車から降りたんです」


「嘘を言ってはいけない」


「う、嘘ではありません。その間に、それだけ時間があるならと、芦ノ湖迄一人でドライブしてました。ファミレスには時間通りに着き、着いてから電話をしましたが電源が切られていて……。その後、1時間程待ちましたが来ないので諦めて帰りました」


「それも嘘だ。指紋と一緒に助手席のマットからネックレスが出てきた。これは天野さんのものだろう、天野さんを乗せて、一緒に駅前駐車場から出たのだろ」


「そ、そんなことはない。私が言っていることは全て本当のことです……」


「では、このネックレスはどう説明するつもりだ」

 大木はビニール袋に保管された細いシルバーチェーンを机に置いた。


「なんだ、そんなネックレスは見たこともない」


「車内で、天野さんと何がありましたか」


「知らない、そんなもの知らないよぉ!」

 山本は頭を抱え大声で叫んだ。


 暫く頭をかきむしりながら、肩を震わせていた山本は、

「もしかしたら、妻のものかも知れない。そうだ、きっとそうに違いない。妻に確認してくれ」

 と立ち上がり、机の上に両肘をついて懇願した。


「既に確認済みです。残念ながらファミレスの駐車場には防犯カメラの設置が無かった。ネックレスは奥さんに見てもらいました。奥さんは、悔しそうに泣きながら自分のものではないと……偽証してでも、自分のネックレスだと言いたかったんでしょう」


 暫く口を大きく開けたまま微動だにせず、机の上に置かれたシルバーチェーンを見つめていた山本は椅子にゆっくり座ると、

「これは罠だ、私は、はめられている……」

 と言った後、頭を深く落とし、口からダラダラとよだれを垂らし始めた。


「山本さん、山本ぉ……! 」

 大木は肩を揺すって名前を呼ぶが、反応はない。


 川村は、カメラに向かい両手を力なく上げながらため息をつく大木をモニターで確認すると、一時取り調べを中止するよう指示を出した。


「警部、取り調べには時間が掛かりそうですね」

 川村が眉をひそめながら切り出した。


「そうですね。昨晩の事情聴取の疲れが出ているようだ、あの状態で続けたら、自白を強要したと言われかねない。夕方迄休ませて下さい」


「解りました。記者会見も無理ですな、マスコミには私から説明を入れておきます」


「よろしく頼みます。しかし、そうは先延ばし出来ないでしょう。ノートパソコンの中身次第ですが……」

 腕時計を確めると10時半を回っていた。



「すみません警部、山本は疲れきっています。これ以上は無理かと」

 大木は会議室に入ると、新見に頭を下げた。


「あぁご苦労さま、夕方から再開しよう。それまでに大木も仮眠をとっておいてくれ」


「いや私は大丈夫です。それよりも山本の印象なんですが、なんか嘘をついている様には感じられなくて……」


「私も、そう感じました」

 原田が大木に同調する。

「山本の言うことが本当だとしたら、ネックレスを仕込んだのは礼子だということになりますなぁ」


「そうなんですよね。そうなると、ゴミ箱にスマホを置いたのも礼子でしょうか……」


「全ては推測でしかない。今のところ、現在の状況証拠を覆す手立てはない……」


「しかし警部は、礼子のノートパソコンが鍵になっているとお考えなんですよね。何も出てこなかった場合は、山本を起訴するおつもりですか」


「…………」


「そうなるだろうな」

 報道記者達の対応から戻った川村が口をはさんだ。


「第三の男でも登場しない限り、今の状況から考えると山本は確実に起訴される」


「……川村さんご苦労さまでした。報道の方はどんなですか」


「はい、容疑者として夕刊に載るのは避けられそうにありません。その前に午後のワイドショーで取り上げられる模様です。これから署長に報告します」


「やはりそうなりますか……」


「まだ犯人と確定したわけではないので、過激な報道は避けてくれとは言っておきましたが、なんとも……」


「……少し、頭を整理してきます。なにかあったらスマホに連絡を下さい。車に居ます」

 と言うと新見は会議室を出て行った。


「第三の男ですか……」

 新見の後ろ姿を見送りながら、大木がため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る