第34話:告白の答え

 さて、俺にできることはやったと思う。根本的な解決は全くと言っていいほどできてないけど、俺にはこんくらいが精一杯さ。

 後は、約束した通り、放課後に屋上に朝香が来てくれるか、それだけだな。


「んあ〜それにしてもいい天気だ」


 俺は体をグッと伸ばし、グラウンドで部活の準備をし始めた運動部を屋上から眺めていた。


 そこへ、ガチャリと後ろの方から屋上の扉が開く音がした。やっときたか。


「お待たせ」


 振り向いた俺に声をかけた朝香。その顔には以前のような陰りがないように思えた。


「ああ、だいぶ待った。日曜日そわそわしてたら姉貴に殴られたもん」


「ふふ、それはあんたが気持ち悪いから」


 言葉は辛辣だがどこか優しく笑いながらそう答える朝香。でも気持ち悪いって言うのやめて!! 結構傷つくから!!


 あ、ヤバイ。緊張してきた。今から俺、告白の返事返してもらうんだよな? いや、大丈夫だ。己を信じろ! きっと大丈夫。どうにかなるはずさ。あれだけ真摯に朝香に気持ちを伝えたんだからな。うむ、大丈夫なはず。ふぅ、落ち着いた。もう大丈夫なはずだ。


「じゃじゃじゃじゃじゃ、じゃあへへへへへ返事をき、聞かせてもらっていいいいいかい?」


「緊張しすぎ……じゃあ、言うわね?」


「ああ……」









「私、まだあんたの気持ちには答えられない」


 あれ? あれれ? 前の一件を通して俺の印象良くなったはずだけど……ダメだったか……ん? まだ?


「で、でも勘違いしないで別にあんたのことが嫌だとかそう言うわけじゃないから! 私、土曜日の件で自分の中で少しじっくり考えてみたの。自分がどうしたいかって。そしたら、その……別にあんたとはこれからも友達でいてもいいかなって……」


「と、ともだちぃ……」


 付き合うどころか友達止まりになってしまった。


「それに! 私、まだ昔のことちゃんと区切りがついてないから!! だから、こんな気持ちのまま誰かと付き合うとかそういうのは考えられないかなって……」


「そっか……分かったよ」


 朝香の言い分も最も。まだまだ朝香の中には昔の出来事がしつこい汚れのようにこびりついているのだろう。それを取り切るまで色恋沙汰に手を出すのはなんとなく自分の中で決心が付かないのだろうと思う。

 それでも多分、きっと朝香は俺に好意は向けてくれているんだと思う。だから前にしたことはきっと無駄ではないのだ。朝香も前に進めている。それだけ、今は十分だと思うことにした。


「でも、その……なんて言うか……」


「ふふ、なんだ? どうしたんだ?」


 急に顔を少し赤らめながらモジモジとする朝香。その様子に少し笑いながら問いかけた。


「な、なに笑ってるの! あんた振られたところのくせに!!」


 あれ? それ振った本人が言っちゃう? 俺結構我慢してるんだけど。本当は大声で叫び出したいんですけど……


「わ、悪かったよ。そのありがとな。今日は約束守ってくれて。嬉しかった。じゃあ、また明日」


 俺は泣きそうになる気持ちを抑えながら気丈に振る舞い、格好良く屋上を去ろうとした。


「待ちなさい!」


 しかし、後ろから朝香に呼び止められてしまう。


「私が先に帰るから!」


 な、なんじゃそりゃ!

 心の中でツッコム。呼び止められたからなんか期待しちゃったじゃん。


 そう言って俺を追い抜かし、ズンズンと屋上の入り口の方へ足を進めていく朝香。だけど、途中で足が止まった。


「でも、私感謝してる」


「え?」


 俺に背中を向けて止まった朝香がそう言った。


「相沢のおかげで今の自分を見つめ直すことができた。それにあの時の言葉本当に嬉しかった。それで私は救われた。だから……だからありがとう」


 ありがとうの言葉と同時に振り返った朝香の顔はとても素敵で綺麗な笑顔だった。まるで宇宙のような神秘性とその星々のように煌めいて見えた。


 その笑顔に胸がドクンと高鳴ったのが分かった。


「じゃ、また明日」


 そう言って、もう一度踵を返し、朝香は屋上のドアから出て行った。


「ほあ〜」


 それと同時にため息が出た。振られたというのにどこかスッキリした気持ちが俺の中に流れ込んでくる。

 それは朝香が前に進めたからなのか、先程の笑顔を見ることができたからなのか。それは分からない。


 もう一度屋上の柵に腕を乗せて持たれかけながらグラウンドで走り込みをしている野球部やサッカー部などを見た。


 俺はその場に横になった。もう夕方で空は赤く焼け染まっていた。

 もうしばらくだけここにいようかと思った。


 ◆


 ***


「ん……」


 なんだか長い夢を見ていた気がする。俺はベッドの上から上体を起こし、体をぐっと伸ばした。


「ああ、そうか。今日は実家に帰ってるんだったな」


 俺は愛すべき人がベッドの隣に眠っていないことを少し寂しく思いながらも会社へ行く準備を始めた。



 スーツに着替えてから朝食を食べ、家を出た俺は、電車に揺られながら今日の予定を考えていた。


(今日は早く帰れそうだし、彼女も帰ってくるって言ってたから夜ご飯は鍋にしようかな)


 季節は冬。今住んでいる地域には雪は滅多に降らないがそれでも日本海側から厳しい寒波が来ていると天気予報で行っていたので非常に寒い。


(こういう日には鍋に限るな。残業なんかしないで早く帰ろう)


 もう一度、早く帰ることを念押し、俺は電車が会社の最寄駅に着くまでの間、目を瞑った。



 ◆



「あれ? 先輩、今日は早いですね。もう帰られるんですか?」


 定時のチャイムがなった執務室で帰り支度をしていると後輩の手塚さんが声をかけてくる。


「ああ、嫁さんが実家から帰ってくるからね。早く帰らないと」


「新婚さんですもんね〜羨ましいな〜ラブラブ」


「はは、ありがと。じゃあ、悪いけど今日はお先に失礼させてもらうね」


「はい、お疲れ様です〜」


「お疲れ様」


 俺は手塚さんそう言った後、周りの同僚たちにも同じように挨拶をし、会社を後にした。


 エレベーターがくるまでの待ち時間にスマホを取り出した。

 LINEを見ると1件通知が入っている。


『お仕事お疲れ様♡ もうお家着いたからお鍋の準備しておくね。ビールも買ってあるよ!』


 愛する人からの連絡に思わず、頬が緩む。鍋についても別に話していたわけではないのに準備をしてくれているようだ。

 そして慌てて、周りをキョロキョロと確認した。すると別の部署の後輩が訝しげにこちらを見ていた。


 この締まりのない顔を見られてしまった。

 俺は苦笑いしながら、軽く会釈してからエレベータに乗り込んだ。



 ◆


 ガチャ。

 自宅へ着いてから俺は鍵を開け、中に入った。


「あ、おかえりー! ごめん、今準備してるからお迎え行けなかった! 先に手洗いうがいしておいでー!」


 キッチンの方から彼女の声が聞こえる。

 彼女の声はいつ聞いても落ち着く。優しくていつも俺の心を温めてくれる。


(でも本当は、あれやってほしかった。「おかえりなさい、あなた。ごはんにする? お風呂にする? それともわ・た・し」ベタだけどやって欲しかった。今度お願いしてみよう。もちろん、選ぶのは君に決まっているがね)


 なんてことを考えながら荷物を置いた俺は、手洗いうがいを済ませ、寝室で部屋着に着替えてから彼女の待つリビングへと向かう。


「あ、おかえりなさい。お鍋できてるよ」


「ありがと、じゃあ一緒に食べようか」


「うん!」


 俺は、久しぶりに見る妻の顔を見て心が暖かくなるのが分かった。それと同時にようやく帰ってこれたんだなと実感した。


(帰ってこれた?)


 なぜ、そう思ったかは分からない。だけど、すぐに忘れてしまった。


 二人で楽しく向かい合いながら鍋をつついてお酒を飲んだりして。

 そしてあっという間に寝る時間となった。

 明日は幸いにも土曜日。何が幸いかって? そりゃ……もちろん。


 俺たちはクイーンサイズのベッドに二人で並んで横になっている。

 横を向けば、彼女と目が合った。


「ねぇ、あなた」


「ん?」


「大好き」


 少し、頬を赤らめながらそう言った彼女はとても可愛く、とても扇状的に思えた。

 今すぐにでも抱きたい。そんな衝動を抑えながらも俺は彼女に同じように答える。


「俺もだよ、


 そして、ゆっくりと彼女の唇へ自分の唇を近づけていく。柔らかくセクシーな彼女の唇に自身の唇が触れた──



 ***


「だああああああああああ」


 なんだなんだなんだ!?


「ここどこだ?」


 空を見上げればすっかりと日は沈み、星々が光り輝いていた。

 スマホを取り出して時刻を確認すると、そこには「6時43分」と表示されていた。


「あー、そういえば。俺寝てたんだっけ?」


 朝香に振られて……? ん?

 というか、俺、さっき戻ってなかったか? 大人に。

 学生時代からやっと戻ってこれて、大好きな彼女と少しだけだけど一緒にいた。

 あれは……夢? って待て待て待て待て。そもそも、なんでだ? なんでじゃなかった?


 そこへガチャリと屋上の扉が開いた。


「あ、相沢くん探したよ。こんな時間までこんなところにいたの?」


 屋上から姿を現したのは、柳さんであった。

 そして柳さんを見た瞬間、全身の細胞がドキリと跳ね上がった気がした。


 なんだ、この感覚……前にもどこかで……


「ああ、ごめん。寝てたみたい」


 俺はできるだけ自然体に平静を装ってそう返した。


「寝てたみたいって、こんなとこで寝てたら風邪ひくよ?」


「うん、そうだね。もう帰るよ。柳さんは何してたの?」


「相沢くんを待ってた」


「え?」


 柳さんは少し俯きながら恥ずかしそうにそう答えた。


「えっと、なんで?」


「話したいことがあったから」


「は、話したいことって?」


 もう一度、こちらをじっと見つめる彼女の強い眼力に少し、気圧されてしまった。

 そしてなぜか心臓が高鳴り始める。


「こんなタイミングで言うのは少し、ずるいかもしれないけど。私ももう我慢できないから言うね?」


「え? あ、柳さん?」


「私、相沢くんが好き! 大好きなの!! ……でも今は返事はいらないから! ごめんね、こんなタイミングで言って。だけど覚悟しておいてね、これから私もっと頑張るから! じゃあ、先帰るね。バイバイ」


 柳さんは言いたいことを言い終えるとそのまま屋上から出て行ってしまった。


「柳さんが俺を好き……?」


待て待て!? どういうことだ!? なんで今……!?


***


「ねぇ、あなた」


「ん?」


「大好き」


「俺もだよ、瞳」


***


「だああああああ!? さっきのあれ!? え? どういうことだ……!?」

 

今、俺の心臓は訳が分からないくらいドクンドクンと今にもこの左胸から突き破りそうなくらい激しく鼓動している。


 顔が熱い。なんでだ……意識しだしたら止まらなくなってきた…… 


「帰ろう……」


 明日からなんだか騒がしくなるような気がする。そんな予感がしながらも俺も屋上を後にした。

 空には満点の星空が広がっていた。



────────────


最高の花嫁をもう一度! をここまでお読みいただきありがとうございました。


ここで一章完結とさせていただきます。

本当はここで打ち切る予定でしたが、ご好評につき、もう少し続けてみようと思います。

それでは、引き続き、最嫁お楽しみください!

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最高の花嫁をもう一度! 〜幸せの絶頂期からなぜか青春時代へと戻った俺は最愛の彼女と再び結ばれるために奮闘します〜 mty @light1534

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