第23話:不変の未来
俺は馬乗りにされたまま、首を傾ける。
直立不動の魔王はそのままの魔眼を光らせる。
「お前ら、私がいない生徒会室でイチャつくとはいい度胸だな」
「あ、先輩っ! 聞いてください! 私、嫌だって言ったのに彼が無理やり!!」
「ええ!?」
あなた今の状況見えています? あなたが私の上に乗ってるんですよ? 馬乗りですけど。あ、白……
「まぁ、こっそりと天音のパンツを見ている愚弟のことはさておき、お前ら荷物の運び出しを頼む」
「!!」
天音さんは荷物の運び出しのことより、自身のスカートの中を見られたことに顔を赤らめていた。あれ? この人グイグイくる割には意外とウブだな。というか馬乗りで顔を赤らめてないで早く、どいてくれない? 苦しい……
「んしょと……もう、えっち!」
誰のせいだ、誰の!
そう言って、俺の上からどいた先輩は照れを隠すようにそっぽを向いていた。
なんだか意外な反応に俺は苦笑するしかなかった。
バチーン。
「なんで!?」
「なんか、ムカついた」
急に飛来したビンタ。
姉からの理不尽はまだ続いていた。
「ふぅ、重いなぁ」
俺たちは今、授業で使う、教材を職員室に運んでいる。今年の一年生のものだ。段ボールの数は、全部で十二個。結構大きめの段ボールでそこそこ重い。台車でも借りれればよかったが、今は用務員さんが使っていて借りられないとのことだった。
「先輩大丈夫ですか? 無理しないでくださいね?」
「大丈夫、大丈夫! このくらい、なんともないさ、あれ? おっとっと……?」
俺は慌てて、倒れそうになった上段の段ボールを片手で支える。自分の分も片手で支えているので結構きつい。
小さいのに無茶して二つも一気に持つから......
俺はゆっくりと段ボールを元の位置へ押し返した。
「さっすが男の子! ありがとね。それにしても持ちにくいなぁ。どうしよ? あ、こうすればいいんだ!」
「!?」
何かを思いついたようでそちらを見ると、そこには豊満な胸の上に二段目の段ボールを載せて支えにしている先輩がいた。
なんつーとこに乗せてんだ。
そんな状態で廊下を歩いて行くもんだから、道ゆく男子の視線が刺さるったら、もう。というか、前見えてます? その持ち方。
「はい、終わり!」
そしてようやく、全ての荷物を運び終えて、俺は晴れて自由の身となった。
昼休みも残り十分を切っている。昼飯を食べてないのでお腹が空いてしまった。そんな俺とは真逆で、天音先輩は元気いっぱいである。
生徒会室へ帰ると姉の姿は既にない。また二人きりだ。
「天音いる?」
そこに会らわれたのは奏先輩だ。
「おおー奏っち! 私のことを労いに来てくれたのかなー? ほら、よしよししてくれていいんだよー?」
天音先輩は奏先輩の元へ駆け寄る。
「はいはい、よしよし。それより、水川先生に呼ばれてたよね? 行ったの?」
「げっ!? 忘れてた。行ってくる! じゃねー!」
天音先輩はそういうと猛烈な勢いで生徒会室を後にした。
端から見ているとこの二人は本当に姉妹のように仲がいい。俺と姉貴なんかよりよっぽど兄弟っぽい。
そんなことを考えていると奏先輩はこちらの視線に気づいたのか、首を傾げる。
「どうしたの、弟君? 私に見惚れてた?」
この人はこの人で本当にやりにくい相手だと感じる。
「いいえー。仲良いなと思いまして」
「ああ、天音のこと? そうだね。昔っから一緒にいるから他の友達より、特にいいかな。君はそんな人いない?」
俺はその言葉に少しだけ胸が苦しくなる思いがした。
親友。今の地元で親友がいるとすれば、マークと拓磨がそうだと言える。幼なじみの腐れ縁というやつだろうか。
しかし、大学に出てから出会った友達も俺にとっては親友と言える奴らだった。
特にその中でも一番仲が良かったのが、中田貴彦。タカと呼んでいたやつだった。悪友とも呼べる、無二の相手だ。
しかし、過去に戻ってきてしまったことにより、そして何より以前と違うイマを過ごしていることにより、ふと思うことがある。
俺があの時、出会って仲良くなった人たちとは、どうなってしまうのだろう。
まだ、今は未来のこと。これから出会うか、出会わないかも分からない。だけど、そのことがどうも俺の胸にしこりのように残る。
「どうしたの?」
奏先輩はそんな俺の様子をおかしく思ったのか、近づいてきて優しく頬を撫でた。
「っ! 何でもありませんっ!」
俺は恥ずかしくなって慌てて飛び退いた。まるで俺の心を見透かしたかのように見つめる。幾つになっても自分の心情を相手にさらけ出すと言うのは恥ずかしいものだ。
「でも何か、困ったことがあったら言って? 私、先輩だから。力になるよ」
「あ、りがとうございます……」
真摯な対応でこちらの様子を伺う奏先輩。時折、自分が25歳であったことを忘れそうになる。今は16だけど。
(やっぱり、思考が少し幼くなってるよなぁ)
そう思った。
「(まぁ、性のお悩みなら、もっと力になれるよ?) はい、これパン! お昼まだでしょう?」
ぞわり。耳元で甘く囁かれてから若宮高校名物、メンチカツパンを俺に渡して奏先輩は帰っていった。
やっぱり、あの人はやりにくい。
◆
放課後。
俺は、少し、教室でぼーっと考え毎をしていた。それはお昼にも考えていた未来の出来事。
思えば、今まで、朝香と結婚することを第一にしてきたがそれで本当によかったのだろうか。
いや、もちろん、朝香とは結婚したい。暖かい家庭を築きたい。でも明らかに二度目の今、俺が過ごしているこの時代は、一度目とは違う。
だから、当然未来だって不変でないとは言い切れない。
朝香は、それでいいのだろうか。朝香の未来もあの時とは違うものになっていないだろうか。もしかしたら、もっと違う未来につながっているのではないだろうか。朝香は本当に俺で幸せになれるのだろうか。俺が今の朝香の幸せを邪魔していないだろうか。
そんなことが俺の脳裏に過ぎる。
「はっ!? いかんいかん。感傷に浸っちゃって。これがマリッジブルーてやつか! おのれ……帰ろう……」
俺は玄関へと向かう。
考えないようにしても、俺の脳内からこべりついて離れない。
昇降口で靴を替えようとした時だ。
「あ! 相沢くん……」
「ん? 柳さん?」
そこには無事、マネージャーとして男子バスケ部に入った柳さんの姿があった。その手にはスーパーの袋に入れられたポカリなどを持っている。買い出しに行ったのであろう。
浮かない顔を見られた、と思うと同時に今日、一日無視されていたので気まずさが襲う。
「何か悩み事?」
柳さんはそんな気まずさなど平気で乗り越えてきた。
顔見られてたか……
「いや……」
「何かあるなら言って見て? えっと、部活中だからその……少ししか聞けないけど」
「……俺って今のままでいいのかな?」
少し、考えた後、今の気持ちをそのまま伝える。これじゃあ、意味不明だ。
「朝香ちゃんのこと?」
それでも柳さんは的確に俺の悩み事を見抜く。そしていつ間にかちゃん付けで呼ぶほど、仲が良くなっていることに驚く。
「……うん」
柳さんの瞳が揺れる。何か言おうか迷っているようだ。そして遂に口を開いた。
「私は好きだよ。何でも一生懸命に前だけを見て、一つのことに打ち込む、相沢くんが。朝香ちゃんのこともそう。そんな相沢くんが私は好きだよ」
「え?」
「へ? な、何でもない! じゃあ、私、早く体育館行かないといけないから! じゃあねっ!!」
そのまま柳さんは重たそうなペットボトルを抱えて行ってしまった。
「俺って、今、告白された? いや、違うよな……?」
きっと元気つけようとしてくれていただけだ。ナイーブになりすぎた。確かに今の俺の長所はポジティブなところ。朝香との未来を諦めるなんてバカらしい。
「ありがとう、柳さん」
俺は遠くに消えていく、柳さんの背中を見てそう呟いた。
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