第18話:嫁へのアプローチ期間③ 〜朝香視点〜

 昼下がりの憂鬱な午後の授業。私はいつも以上に何か、苛立っていた。理由を考えてみてもちっともわかりやしない。


 何かあるとすれば、先程の一幕が原因であることは確かなのだが、なぜそんなことでここまで苛立っているか、説明をしろと言われれば、「分からない」と答えることしかできなかった。


 いや、なんとなくは分かっているんだ。私に例え、間違いであっても愛の言葉を囁いたあの男が、私に相手にされないと分かった途端に、別の人に乗り換える。

 決して嫉妬という感情ではないと言い聞かせる。ただ、そんな簡単なことなら、やっぱり男の人は信用ができない。そう思った。



「朝香、私、部活行くね! また明日!」


 今日は午前中からなんだか、杏奈がおかしかったような気がしたのだが、どうしてか昼すぎからいつも通りの調子を取り戻していた。


「うん、またね。バイバイ」


 スポーツバッグを肩からぶら下げて朗らかに笑う彼女は、なんだか眩しく感じた。

 私はというと、することもないのでこのまま家に帰ることになる。なんだか、一人でいるのは少し寂しく感じる気がした。できれば誰かと話したい気分だったが、杏奈以外にまだ、それほど仲がいいと呼べる人がいない私には帰るという選択肢しかなかった。


 一瞬あの軽薄そうな男が脳内に浮かぶ。


「いや......なんでよ! ないない!」


 誰もいなくなった教室で私の声が反響した。


「はあ、帰ろう」


 私は教室を後にした。




 玄関を出ると、誰かが私のことを待っていた。一瞬身構えたが、待っていたのは私のことをストーキングするあの男ではなかった。


雪野ゆきの先輩?」


「こんにちは、堂本さん」


 優しいミステリアスな微笑みで女の私でも少し、ドキッとした。


 雪野奏先輩は二年生の生徒会の役員を行っている先輩だ。今日、昼休みに私も生徒会に呼ばれ、役員となることが決定した。


 なんでも代々、新入生代表は生徒会に入るのが習わしだとか。まぁ断っても問題はないが、大体はそのまま入る人が多い。新入生代表ということもあり、生真面目な人が多いのだろうと思う。


 私も、特段、何か部活に打ち込もうとは思ってなかったので二つ返事で入ることが決まったのだった。


 ちなみに雪野先輩は去年の新入生代表だったらしい。


「ちょっといいかな、堂本さん。ご一緒しても問題ない?」


「え? はい」


 なぜか私は雪野先輩と途中まで一緒に帰ることとなった。




 この街は駅前はそこそこ栄えているが、それ以外の部分はかなり閑散としていて典型的な地方都市という表現がしっくりくる場所である。


 歩けば田んぼ道が続いており、私が住む近くのマンションの周りにはコンビニが一つと都会に住んでいた私からすれば不便と言える場所であった。


 そんな何もない道を先輩と歩く。


「お昼はごめんね。彼のこと勘違いしないであげて欲しいんだけど」


「勘違い?」


「そう。あまりに弟君の反応が面白かったから少しからかいたくなっちゃって。でも堂本さんがそこまで怒るとは思ってなかったから。少し、反省」


 別に、怒ってなんて......その言葉が出そうになったけど、じゃあ、今まで何でイラついていたのかは説明ができない。


「彼、副会長の弟なの。この前、土曜日に天音と副会長の家に遊びに行ったんだけど、その時、偶然会ってね。副会長にはいつも厳しくされてるからちょっとした仕返しかな?」


 相変わらずふわりと優しい笑顔でそう話す、雪野先輩。しかし、それってあいつただのトバッチリじゃ......結構、この人腹黒いのかもしれないと思った。


「えっと、それじゃあ晴風はるかぜ先輩も?」


「ああ。天音は多分、素でやっているだけね。私はわざとだけど」


 なんだか、彼がかわいそうに感じてきてしまった。そして私も少し悪いことをしたという自己嫌悪に陥る。


「じゃ、私はこれで。伝えたかったのはそれだけだから。彼のこと、もうちょっとちゃんと見てあげてね。あ、後私のことは下の名前で呼んでくれていいからね」


 それだけ言うと、先輩は駅の方面へ走り去っていった。駅の方面はこちらとは真逆である。つまり、奏先輩はこれをわざわざ言うために私と一緒に帰ってくれていたらしい。


 まあ、もう少し話は聞いてあげてもいいかな。そう思った。男が信用できるかどうかは別として。



 そうして平坦な道を歩いていると続いて、人影が見えてくる。遠くから見えたその人影はうちの高校の制服に身を包んでいる。女子生徒だ。


「ど、堂本さん! よかったら一緒に帰らない?」


 奏先輩に続いて、私を待っていたのは、昼休みにアイツと一緒にいた、柳と名乗った少女だった。



「あ、そうなんですね! 堂本さんって結構、お茶目なんですね!」


「そうかな? 自分ではあんまりそうは思わないんだけど......あ、それと下の名前でいいよ。後、敬語も」


 意外と話しやすかった。最初はお互い無言でやや気まずい空気が流れていたが話しかけてみると意外と盛り上がった。特に彼女は甘いものが好きなみたいで、私も大好きなので、その話で盛り上がった。


「じゃあ、朝香ちゃんって呼ばせてもらうね! 私も下の名前でお願い! でも意外だね。朝香ちゃんって結構、キツイ性格してるのかと思った」


「いきなりそういうこと言う? でもそうかも。結構周りからは言われるし......でも瞳も思ったよりズバズバ言うんだね」


「あ、いやだった?」


「ううん、別に大丈夫。そのくらい言ってくれた方が私はいいかな」


 その後もしばらく、なんでもないような会話が続く。もう少しで家に着く、そんな時に、ここで瞳が思わぬことを聞いてきた。



「朝香ちゃんは、相沢くんのことどう思ってる?」


「どうって......」


 別にどうも思ってない。考えてみれば、まともに話していないし、私は彼の人となりを知らない。

 出会い方が衝撃的だったので思わず、避けてしまっているというのが実情だ。


 私は今思ったことをそのまま彼女に伝えた。


「そうなんだ......えっと、こんなこと私から言っていいのか分からないけど......」


 彼女は緊張しているのか呼吸を整えた。


「きっと、相沢くん、朝香ちゃんのこと本気で好きだよ」


「うぇ!?」


「だって、相沢くん。朝香ちゃんのこと話してる時、本当に嬉しそうに話すんだもん」


 私、彼とはそこまで接点ないと思うんだけど、何を話されているのか気になる......

 それに、なんで瞳は私にそのことを言ったんだろう。今更だけど、初対面でプロポーズをされたというのもあるし、彼からの明らかな好意については分かっているつもりだ。


 だからといってそれを受け入れるかは別のこと。

 急に瞳が怖くなった。私に彼を受け入れろってこと? 友達だから? 分からない。


 だけど、その考えは次の言葉で否定された。


「わ、私は! 彼のことが好きなんです!」


「......え!?」


 突然の告白。


「えっと......」


「だ、だから、朝香ちゃんには負けたくないの!」


 そして宣戦布告。私の頭は絶賛混乱中。


「あ、あ、でも、朝香ちゃんと仲良くしたいのは本当だからね! これからもよろしくね! じゃあ、また明日!」


 瞳は言いたいことを言い終えると急に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめたまま、固まっている私を置いて、帰って行った。


 やっぱり、私には恋愛なんて分からないと思った。


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