第17話:嫁へのアプローチ期間②
ガララと生徒会室のスライドドアが開かれた。
「失礼しました」
その凛とした声と共に登場したのは我が嫁こと堂本朝香。ああ、この距離から既にいい香りが漂っている、流石だ。
今日の朝香成分を堪能したところで、一礼をして振り向いた朝香が鈴木、俺、柳さんを見て少し戸惑った表情をした。
そして、すぐにいつものようにキリッとした表情に切り替え、俺に向かって何かを言おうとして固まっていた鈴木に声をかけた。
「杏奈! もう、待っててくれなくてもよかったのに! ごめんね、結構待ったでしょ?」
「へ? あ、ああ。うん。そ、そんなに待ってないよ。えっと......」
鈴木はわかりやすく、焦り、俺と朝香を交互に見ている。
何をこんなに慌ててるんだ? それより、朝香に話しかけねば! 今日一緒に帰ろうって誘うぞ!
「あ、堂本さん! こんにちは!」
しかし、俺が話しかけるよりも早く、朝香に話しかけたものがいた。それは俺の後ろにぴったりとくっ付いてきていた、柳さんであった。
「......? こんにちは、どちら様?」
朝香は柳さんと初対面のようでいきなり挨拶されたことに驚いた様子だった。
「私、柳瞳っていいます。仲良くしてもらってもいいですか?」
「え、ええ。別に構わないわ。えっと、その彼とは......相沢くんとはどんな関係? 一緒にここまで来たみたいだけど」
「相沢くんですか? 彼は......」
朝香とはまともに話したことがない。それどころか名乗ってもないのに俺の名前を知っていることが意外だった。まぁ、初対面でプロポーズを行うというインパクトはあったので、誰かに名前を聞いたのだろう。結果オーライだ。
そしてその問いに柳さんは少し間を使って、こちらをチラリと見る。
そしてすぐに視線を元に戻し、頬を朱に染めた。ポッて言う効果音が出そうな感じだった。
なぜ赤くなる?
「彼はクラスメイトですよ」
穏やかで優しげな微笑みを見せる、柳さん。その笑顔は魅力的といっていいものだった。
っていかんいかん! 何嫁の前で別の女性の笑顔に少しグラついてんだ、俺ってこんな不誠実な男じゃないだろ!!
「そ、そうなんだ。それで、その相沢くんは私に何のようなのかな?」
「え? あ、えっと堂本さん! 俺と......」
俺の口から次の言葉が出てくることはなかった。なぜなら、鈴木が言葉を遮られたのと同じように俺もまた、生徒会室のスライドドアによって言葉を遮られたからだ。
「あっれ〜? 弟君じゃん! こんなところで奇遇だね〜」
「あ、また、会ったね。奇遇かな? それとも運命?」
「い、いや〜。き、奇遇っすね......」
そこから現れたのは土曜日、俺にちょっかいをかけてきた生徒会先輩’S、天音さんと奏さんだった。しかも、どちらもまともでない上にタチの悪い人たちであるということが俺の中の記憶に固く刻まれている。
頼む! 頼むから朝香の前で余計なことは言わないでくれ!!
「あ、朝香っちと友達だったんだ! 偶然だねぇ」
「へぇ、知らなかった。弟君がこんなカワイイ子と友達だったなんてね」
先ほどから、俺の第六感が警笛を鳴らして続けていた。二人とも不適な笑みを浮かべ続けている。
「お二人はどんな関係なのかなぁ? ねぇねぇ! お姉さんに教えてみ?」
大凡、お姉さんと言えない体型であることは確かなのだが、年齢的には我々より上なので当然のようにお姉さんぶってくる。そりゃ、強調してる部分は立派だけども。
そこは、友達で納得してくれよ。俺も嫁だと言いたいけど、今は悪手だ。
俺もこの土日、ゆっくり考えて大分、冷静になれた。先週までの俺は相当頭がおかしかったと。
「い、いえ。私は別に相沢くんとは友達でも何でもないです」
そこまではっきり言われると本当に傷ついちゃう。確かにまともに話してないんだけどさ。
「それより、先輩たちはどう言った関係なのですか?」
「私たちぃ? そうだねぇ、そうだねぇ。うんうん。それはもう山よりも高く、海よりも深い......そんな関係だよっ!」
どんな関係か全くわからなかった。先輩の弟でいいじゃねえか。何ややこしい言い方してんだ。おかげで見ろ! 朝香が若干引いてるぞ!
「えっと、どんな関係ですか?」
「私も気になります......」
そこで我慢できなくなったのか、鈴木と柳さんが興味深そうに再度、先輩に尋ね直す。
「ふふ。そんなに気になるんだ。いいよ、教えてあげる。彼、この前、この子のこと押し倒してたよ。つまりそういう関係」
「キャッ!」
死んだ。
空気が死んだ。俺の尊厳が死んだ。
やっぱり嫌な予感してたんだよ。土曜日と同じように、奏さんは兵器で爆弾を放り投げてくる。あれ? それは天音さんだったか。どっちでもいい。
しかも、横の天音さんも満更でないように頬を染め、両手を当ててクネクネと動いている。
そこに更なる燃料投下。
「なに、アンタ達。何の話してんのかと思ったら、土曜のか。ちゃんとゴムは付けたんでしょうね。子供できてもしらないよ、私は」
突如として、生徒会室から現れた、我が家の魔王はトンデモナイことを平気で言い、俺の肩に手をポンと置いてその場から去って行った。
踏んだり蹴ったり。弱り目にたたり目。泣きっ面に蜂。暖簾に腕押し。
あらゆる死体蹴りを意味する言葉が理不尽にも俺に襲いかかる。あ、最後のは違うか。
ギギギと錆び付いたブリキの人形のように、俺は朝香、鈴木、柳さんを見た。三者三様だった。
柳さんは「あわわわわ、相沢くんの裸......」と顔を真っ赤にして手で覆っている。おそらく、先程の言葉でいらぬ、想像を働かせたのだろう。俺の裸で何を考えているかは知らないがここは、後で言い訳すればきっと聞いてくれると信じている。つまり、セーフだ。
鈴木は頭にハテナが見えるくらいに何も分からないといった様子だ。「押し倒す? プロレスでもやってたのかな。でもゴムってなんだろう。赤ちゃんはコウノトリが連れてくるし......」そんな世迷言を呟いている。
いや、高校生になってそんなことある? マジで分からんみたいだ。まぁ、セーフだ。
そして最後。一番の難所である。
朝香は、まるで苦虫を150回くらい噛んだような嫌悪感を出した顔に、まるで汚物でも見るかのような視線をこちらに向けている。
その視線に思わず、興奮。そういう朝香もいいっ!!
ってふざけている場合ではない。これは紛う方なく、アウト。アウト・オブ・アウトだ。
「あ、朝香さん......?」
そして、崩れても美しい顔をどうにか無理やり笑顔に戻して一言。
「金輪際、二度と近寄らないでねっ」
それだけ告げるとスタスタと歩き去ってしまった。それに先ほどまでハテナを浮かべていた鈴木も慌てて追いかける。
「あ〜あ、怒らせちゃった。ドンマイ弟君!」
「私が慰めてあ・げ・る」
俺の方に手を置いて、励ますクソチビ女と、耳元で再び誘惑の音を発する、腹黒女。
そして、未だ、顔を真っ赤にぶつぶつと何かを言っている、柳さんがその場に残った。
カオスだった。
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