第9話:仮入部期間の開始


 朝香と話すことのできないまま、入学後、すでに一週間が過ぎ去ろうとしていた。入学直後の慌ただしい感じもなくなり、ようやく周りも高校生活に慣れはじめてきたところであった。


 今日から部活動の仮入部期間が始まる。俺が気になるのは、一度目の高校生活で入っていたバスケ部のことでもなければ、他の部活動の様子でもない。

 朝香がどこの部活に入るか。これが気になって仕方なくなっていた。


 しかし、現状、朝香と話すことすらできていない。俺はすでに禁断症状が出始めていていた。


「朝香と話したい。朝香と話したい。朝香と話したい。朝香と話したい。朝香と話したい。朝香と話したい。朝香と話したい。朝香と話したい......」


「えっと、大丈夫?」


「朝香と話したい......」


 隣の柳さんは今日も俺のことを気遣ってくれる。この一週間、無気力な俺を励まし続けてくれている猛者である。


 そもそも、朝香とは社会人になるまで会うつもりはなかった。というより、会えないと思っていた。だから一週間くらい、我慢できるだろと思うかもしれないが、無理だった。目の前に、手の触れられる場所にいたらこの欲求は止まってくれなかった。


 そもそも一週間俺が話せていないのには訳がある。

 それは、鈴木だ。鈴木が姫を守る騎士ナイトの如く、立ちはだかるのだ。流石、というべきか朝香はめちゃくちゃモテている。入学一週間にも関わらず、お近づきになろうとする男子が後を絶たないのだ。


「まあ、あれじゃあな。鈴木さんのお眼鏡に会う男じゃないと話すらさせてもらえないみたいだしな。あの子とちゃんと話せるのクラスメイトくらいだぞ?」


 そう言って俺の前からカズさんが話しかけてくる。


「まあ、入学初日からプロポーズだの、告白だのされればそうなるよな」


  既にプロポーズも告白も何度も受けているらしい。誰だ、プロポーズなんてしたバカは?......俺でした。幸い、朝香は誰とも付き合っておらず、単にそのつもりがないのか、良いと思える人がいないのかは分からなかった。そして告白してくる連中にはしつこいやつらもいたがために、鈴木が朝香を守る騎士を担っているのだ。


 しつこいのダメッ!ゼッタイ!


 そしてカズさんの言う通り、基本的には門前払い。それは俺も例外ではなかった。


「しかし、俺をその辺の凡夫ども一緒にしないでもらいたい。良い迷惑だ全く」


「一緒にするなって何が違うんだよ?一目惚れだったんだろ?他の奴らと同じじゃん」


 俺はカズさんの言葉に分かってないなぁといった表情をし、肩を竦めた。


「じゃあ、何が違うんだよ?」


 少し、イラッとした様子でカズさんが聞いてくる。横で一緒に聞いている柳さんも興味を持ってこちらを見ていた。


「奴らのは所詮、顔しか見ていないのさ。俺は違う、確かに容姿も素晴らしいが、彼女の真に素晴らしいところはそれだけではないのだ。そして俺はその辺の男どもと違い、彼女の全てを愛しているのだっ!!」


 俺は知っている。彼女が俺だけに見せる表情を。仕草を。心を。俺はその全てを心から愛していると言って良い。


「あ、あれれ?でも、相沢くんも一目惚れって言ってなかった......?」


 ここで柳さんから鋭いツッコミが入る。

 そうだった......柳さんにはそう説明していたんだった......


「まぁ、鈴木さんにとっては、お前もその凡夫と似た様なもんだってこったな」


「はぁ......」


 その通りであった。それについてはため息しか出ないよ、ほんと。どうやってあの騎士を倒してくれようか。


「そ、そういえば、相沢くんはどこに入部するか決まった?」


 ここで急に柳さんが意を決したかの様に話題を部活の話に変えてきた。


「俺?ちょっと迷ってるかな。でも......いやー、やっぱりどこも入らないかもなぁ。ううむ......」


 高校で部活に青春をというのも今更であった。確かに高校の頃よりは社会人になってからの方がが格段にうまくはなった。俺は大器晩成型だったのだ。晩成すぎたけど。そしてバスケをしたいという欲求はまだ俺の中にも残っている。


「えっ!?そうなの!?てっきり、バスケ部に入るんだと思ってんだけど......」


「いや、入るだろ?早く、部活こいよ。待ってるぞ?」


 カズさんは既に入部済みのようだった。


 なんでそこまで俺をバスケ部に入れたがるかねぇ。中学の時はキャプテンだったと言っても所詮弱小だったのにな。

 それにカズさんはともかく、何で柳さんまで俺がバスケしてたって知ってるのかは疑問だった。


「あっ!そうだ!よかったら一緒に部活動見学行かない?ほら、バスケ部っ!私も実はマネージャーしようか迷ってるんだけど!ど、どうかな?」


 ここで柳さんが急に手を合わせ、今思いついたかのように声をあげた。


 部活動見学か......うーん、今はそれよりも朝香と話すために騎士をどうするかを考えたいんだけどな......


 柳さんの方を見ると少し、俺の方を見ながら期待した眼差しを向けている。

 そんなに見学仲間が欲しいのかね?


 それにしても柳さんがバスケに興味があったとは意外だった。というか中学もバスケ部だったのかな?もしそうなら、バスケ談義ができそうだし、今度してみるか。


 うーむ、結局見学はどうしようか......


「そ、そのダメかな?」


 上目遣いでこちらを見てくる。

 柳さんもかなり美少女であるのでそんな眼差しで見られるとやはり男としては来るものがある。これは決して浮気ではないからね!!朝香信じてよ!?


「でも何で俺?女子だったら一緒に行ってくれそうな人いそうだけど?」


「そ、その!相沢くんがバスケ部入るなら、私もマネージャー頑張ってみようかなって!あっ......」


 あー、なるほど?ん?それってどういうことだ?それってつまり......いや、ないな。きっと、俺がバスケ部入るかどうかで迷っているから後押ししてくれてるんだろうな。良い子だ。


 でも......


「でも、ごめん、やっぱり今日はやめとくわ」


「そっか......」


 明らかに残念そうな顔をする柳さん。

 罪悪感が......それでも俺は朝香の動向を探らなければならないのだ!!


「あ、そういえば、今日、女バスに堂本さんが体験で入部するって噂聞いたな」


「ぃいくっ!!!!!!」


 自分の言葉を一瞬でねじ曲げた瞬間だった。後で思ったことだが、俺って結構最低じゃね?


 そして隣で少し、喜んだ顔をした後、悲しそうな複雑な顔をした柳さんに俺は気づかなかった。

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