第8話:嫁を守る騎士 〜嫁?視点〜

 目の前で杏奈が教室に現れたアイツを完全に締め出した。まさに取り付く島もないと言った様子で、あの男は諦めたのか、他の人が開けるまでそのドアは開かなかった。


「ふふん!これでどう、朝香?」


「ええと......ありがとう?」


 杏奈に疑問符付きのお礼の言葉を返す。

 疑問符がついているのはただ、教室に来てみんなの見ている前でいきなりストーカー扱いを受けるなんて少し気の毒には思ったからだ。


 私は、そんなことを思いながら閉まったドアの方を見つめていた。


 って!なんで私がプロ男のことなんて心配しているのよっ!そもそもいきなりプロポーズしてきて、はっきり断ったのに翌日もめげずに来るからよ!ストーカーって言われても仕方ないことだわ!

 さっきの心配はなしっ!


 私は、自分の中で一人で言い訳をし、首を左右にぶんぶんと振った。


「朝香?」


 そんな私の様子をおかしく思ったのか杏奈の呼びかけ、我に返った。


「あっ、なんでもない......」


「こりゃ、あいつにとったら荊棘の道だな。帰りに慰めてやるか」


 先程まで、杏奈と話していた、佐熊くんがボソリと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。

 もしかして、友達だったのかな?


「佐熊くん、プロ男のこと知ってるの?」


「友達なんだって!そう思ったら悪いことしたかな?」


 私の質問を佐熊くんの代わりに答えた杏奈が、佐熊くんに申し訳なさそうにした。


「いや、別に大丈夫だと思うよ。まぁ、でも度がすぎるのはよくないけど、ちょっとくらいなら見逃してやってほしい。アイツ、中学の時から超がつくほどの真面目でロクに恋愛なんてしてなかったし、こんな大胆になるとは思ってなかったからさ」


 それは私に我慢しろってこと?そう思ってしまった。

 やっぱり友達だから庇うんだ。


「ああ、ごめん、勘違いしないで。我慢してとは言わないけど、話すくらいはしてあげて欲しい。もちろん、話すのも嫌っていうなら別だけど......」


 私は自分が思ったことが顔に出ていたのか心配になった。

 佐熊くんはすぐに私に気持ちを汲み取り、謝ってくれた。


 佐熊くんはやっぱり良い人だなと思った。私たちに気を配りつつも友達のフォローまでするなんて素直にすごいと思った。


「まぁ......考えとく......」


 話すかどうかは別にして、佐熊くんの言うことを否定する気にはなれなかった。


「でも本格的にストーカー化しそうになったら言ってね?その時は流石に注意しとくから!」


「ふふふ、その前に私が朝香に近づけさせないわ!!」


 杏奈が自信満々にそう答える。いつから杏奈は私の頼れる騎士ナイトになったのだろう?

 友達になって二日しか経っていないけど、杏奈は本当に良い子だと思った。


「それにしてもがねぇ......」


「っ!?」


 ドクンと心臓が高鳴った気がした。


 今、光樹って言った?え?なんで?どうして?ま、まさかね......?

 私は意を決して聞いてみることにした。


「も、もしかして上の名前ってあ、相沢?」


「あれ?堂本さん知ってたの?」


 今朝見た夢の内容が唐突にフラッシュバックする。


『相沢光樹です。よろしく』


 くたびれたスーツ姿のアイツが映し出された。



 あ、あれは、夢の内容のはずで......な、な、なんで!?なんで夢の名前と現実の名前が一致してるの!?何で何で何で!?


 私の頭がパニックになる。だけどすぐに平静を取り戻す。


 い、いや!きっとどこかで聞いたことがあったんだ!だから夢の中に出てきただけ!


 あれ?でもどこで聞いたかも分からない人の名前って普通、夢に出てくるかな?しかも、あんなにはっきり。

 え!?待って!?っていうことは私は、それだけアイツを意識してるってこと!?


 いやいやいや、落ち着くのよ、朝香。

 それはないわ。絶対にないから。きっと偶然。昨日のプロポーズがあまりに印象的だったから!ただ、それだけ!


 ふぅ。なんだ、そういうことだったのね。ただの偶然。そうよ!


「朝香?」


「ふぇ?」


「さっきから一人ぶつぶつどうしたの?顔も真っ赤だし......もしかして気分悪くなった?」


「そ、そ、そうみたい!そろそろ帰ろうかな?」


「大丈夫......?」


「う、うん!大丈夫!少し暑くなっただけ!」


「ならいいけど......じゃあ、帰ろっか!」


「んじゃ、俺も帰るわ!お先!」


 佐熊くんはそう言うと、先にカバンを持って出ていってしまった。

 私と杏奈もそのちょっと後、カバンを持って下校した。



 ◆



 俺の目の前のドアが勢いよく音を立てて閉められた。そのドアを閉めた張本人は鈴木であった。しかも、強烈な言葉を残して。


「いくら何でもストーカーって酷くない?」


 俺、教室に来ただけなのに......

 柳さんに後押しされたにも関わらず、こんな扱いを受けるとは早くも挫けそうだった。俺のメンタルは少々、弱くなってしまったらしい。


 しかし、その程度で諦めはしない。

 俺はしばらくその閉まったドア前で立っていた。

 

 ふふふ、ここで待っていれば、帰りに必ず朝香たちはここを通るからだ。このエンカウントは必然なのである。

 ストーカーじゃないからね。ただのエンカウント。イベント戦みたいなものだから。


 閉まったドアの前で待っていると、ついにそのドアは開かれた。

 やっとかと思い、そのドアを開けた人物に話しかけようとした。


「うあっ!?」


「ぬっ!?」


 全然知らない人だった。

 その知らない人は俺を変なものを見るような目で見た後、そそくさと横を通り過ぎて行った。


 全く。紛らわしい。

 その後姿を見ていると、またドアが開く音が聞こえた。振り返るまもなく、そのドアを開いた人物が声をかける。


「まだ、いたのか?」


「......悪いか?」


 俺に声をかけたのは拓磨だった。それにぶっきらぼうに答える俺。


「うーん、まあ今日は、もうやめといた方がいいかもな。鈴木さん張り切ってたし。まっ一緒に帰ろうや?」


 何かを察した拓磨は俺の肩にそっと手を置き、先を歩いていく。

 拓磨の言うことは従っておいた方がいい。昔から拓磨の言うことは基本的に間違いなかったからだ。

 俺は少し、考えた後、拓磨の忠告通り、待つのをやめて帰ることにした。


 鈴木が張り切っていたというのも少し気になったし。


 俺は前を歩く、拓磨の背中を追いかける。拓磨と帰るのは久しぶりだった。


 とりあえず、作戦を考えよう。そう思った。

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