第3話:前回とは違う入学式のようです

 結果から言うと受験はどうにかなった。

 十年間のブランクを埋めるのには、かなりの労力を費やしたが、一度勉強をした内容。少し、勉強しなおせば頭の中にサラサラと流れるように入ってきた。俺、こんなに物覚えよかったけな?


 正直に言えば、俺のスペックなど大したものではない。頭の方も、まあそこそこ。トップレベルとはいかないが学年で10位に一回だけ入ったことがあるくらいだな。別に進学校でもない公立のそこらへんにある普通の中学校だったのでそのくらいの順位も取れないこともなかった。


 また、身体能力的なスペックも特筆したものはない。平均以上、中の上、または上の下といったところか。一応、部活ではバスケ部でキャプテンをやっていたが、弱小校だったのでそれほどうまいわけでもなかった。


 もちろん、そんな俺は高校でもバスケ部に入っていた。三年間でレギュラーを勝ち取ることはできなかったが、控えの選手として試合にも出ていた。同じ部活のメンバーと切磋琢磨したことは今でもいい思い出である。ただ、あの時、もう少し積極的にプレイしていたら、もっとドリブルを、シュートを練習しておけば、など挙げ出したらキリがない後悔もあったと言っておこう。


 まあ、学生当時の俺のことはこのくらいにして。

 社会人の俺は、学生の時以上に努力家だったかもしれない。大好きな彼女と釣り合いの取れる人間になるため、あらゆることを頑張った。


 まずは、筋トレ。痩せ型だった俺は頼りない印象から脱出するために体を鍛えた。そして通信空手を習った。今まで格闘技などしたこともなかった俺が、そんなことをしたのは一重に彼女を守りたいからであった。


 後は、仕事の勉強とかかな。資格とか。やっぱりお金を稼ぐことって大事だから。暖かい家庭を築きたいからね。


 他にもいろいろあるが、それはまたにしよう。まあ、そういった研鑽した内容は、十年前に戻った今でも頭の中に残っている。当時、ロクに格闘技のできなかった俺が、喧嘩で相手を倒すくらいなら今はできるのである。喧嘩したことないけど。


 しかし、筋肉のない体はもう一度鍛えるしかなかったので、合格発表を待つ間や発表があってからの春休み期間に鍛えるだけ鍛えた。結構、いい感じに筋肉ついたと思う。



 そうして今、俺は懐かしの若宮高校の2度目の入学式に出ている。たった二ヶ月ちょっとバカみたいに長かった。結局、俺は二ヶ月経っても、あの日には戻れていない。これが十年とか気が狂いそうになるかと思った。しかし、彼女を思えばやるしかないのである。

 入学式で俺は、大量に並べられたうちの一つの椅子に座り、校長とかのつまんない話を聞き流す。


 高校に入ってからどう過ごそうか考えていた。彼女、朝香と出会うのはまだまだ先の話。社会人に出てからだ。だから、高校はどう過ごそうが別にいいのだが、この際、彼女以外の女性と付き合うとか、失われた青春をやり直す、とかは別にするつもりはなかった。俺は彼女一筋である。未来永劫に。


 まあ、基本的には同じようにやり直すつもりなので、バスケ部にでも入ろうかと思っている。十年後もバスケ好きでやってたからね。今ならもうちょい、活躍できるかもな。おっと欲が……いかんいかん。


「続いて新入生、答辞」


 そんなことを考えているうちに入学式は進みまくっていた。校長の話も終わり、生徒会長の送辞も終わっていた。

 進行役の先生がマイクを片手に入学式を進める。


 新入生答辞は入学試験で一番成績がよかった人物が選ばれたはずだ。今となってはそれが誰かは覚えていなかったが、誰だったかな。


「新入生代表、堂本朝香」


「はい!」


 ……え? ん? ちょっと待てよ? 何かどこかで聞いたことあるような名前が聞こえたような……?


 俺は自分の聞き間違いかなと思い、壇上に目をむけた。

 コツコツと軽快な足音を鳴らしながら、その代表の人物は壇上へ上がっていく。


「……?」


 俺はもう一度目を擦った。


 う、美しい!! 天使だ! 天使がいるっ!!


 体育館の窓から指す春の柔らかな日差しが登壇した新入生代表である彼女を照らす。彼女の立ち振る舞いやその見た目も相まって、まるで御光でも指しているかのように神秘的である。


 思わず、「おおっ……」と感嘆の声が漏れ出そうになる。それは俺だけではなかったようだ。周りを見渡すと新入生の男子であっても女子であってもみんな彼女を息を飲んで見つめている。それほどまで神々しい。


『春の暖かな日差しが注ぎ、鮮やかな桜が舞うこの日……』


 新入生代表である、彼女は一礼をし、答辞を始めた。


 じゃないっ!! こんな冷静な分析をしている場合ではない!!

 なんで!? なんでこんなところに……俺の嫁である、朝香がいるんだああああ!?


 おかしい。絶対におかしい。学生時代を彼女と一緒に過ごした記憶なんてない。そもそも住んでいた県が違う。俺は大学から今の実家を離れて、その後、その地で就職。彼女とはそこで出会ったのだ。


 なのに……なんで!?


 俺の頭の中は絶賛混乱中であった。何かが違う。というか普通に違う。すでに俺の知っている未来じゃなくなっている!?


 どうしよう……ただ言えることは一つ。


 朝香の制服姿、かわいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃ!!!!


 ああ、俺の知っている朝香より、ずいぶん若い。これがJK朝香。大人っぽい朝香もいいが、少しあどけなさが残る朝霞も最高だっ!!!


 ああ、もう言葉が出ねえよ……神様、ありがとう。俺にこんな贈り物をしてくれて。涙で前が見えねぇ……


「君、大丈夫?」


「ばにがぁ?」


 感動に打ちひしがれ、心の底から湧き出る歓喜に号泣していてたら隣に座っていた女子から声をかけられた。十年も前だからか、その顔に見覚えはないものの、彼女も十分に美少女であった。だが、俺は朝香一筋である。ごめんな。


「い、いや……大丈夫ならいいよ……」


 なんだったんだ? なんだか変なやつを見る目で見られたが。


『……ありがとうございました』


 そうこうしている間に、彼女の答辞は終わってしまった。体育館に大きな拍手の音が反響する。心なしか、生徒会長送辞よりも大きかった気がした。


 ああ、声も美しかった。俺の脳内が潤っていく。



 そして、俺たちは体育館から退場し、これからクラス分けの元、各教室へ向かう。周りの生徒たちはすでに友達になったのか、それとも中学の時からの友達であったのか、おしゃべりをしながら、誘導に従い、移動している。



「なぁ、あの子ヤバイかったな」

「めっちゃ可愛いかった」

「ああ、俺絶対あの子狙う」

「お前が、無理だって!でもありゃ、男子全員狙うぜ?」


 俺も教室へ向かっている間、このような会話が他の男子から聞こえた。


「はぁぁぁぁ!?ふざんけなよ!?彼女は俺の嫁だぞ!?人妻に手を出すとどうなるか知ってんのか!?ああん!?」


 つい、その男子たちの会話に入ってしまった。


「ひ、人妻!? 何言ってんの、お前? というか誰?」

「いや、知らないやつだけど……行こうぜ……」


 男子たちは俺から離れていった。周囲の見る目が痛い。


「はぁ」


 俺は一人ため息をつき、大きな流れに従って教室へ向かった。

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