第20話:熱といつかの記憶 〜朝香視点〜

 ***


「ふぅふぅ……」


 しんどい。体焼けるように熱く感じる。風邪を引いたのはいつぶりだったかな……でも失敗したなぁ。折角、遊んでるところだったのに、まさか倒れそうになるなんて。光樹くんに迷惑掛けちゃったな。ドラッグストアに薬買いに行くって言ってたけど、遅いな……すぐそこのはずなのに……どこまで行ったのかな……


 ダメだ。何も考えられない。頭が痛い。何か冷たいもの食べたい。

 ちょっと寝よう──



 ──トントントントン。グツグツグツグツ。


 あ、誰かいる?


 不意に目が覚めた。規則正しいその音が目覚まし代わり。どれくらい寝ただろうか。私は、近くにあったスマホを手に取り、時間を薄目で確認する。

 時刻は20時38分。

 約、一時間ほど寝ていたことになる。


「朝香?」


 私を呼ぶ声がする。この落ち着く声の主は。


「み、つきくん……」


「起こした? 遅くなってごめん。今、おかゆ作ってるからもう少し寝てな?」


「ごめんね……?」


「こういう時くらい、ありがとうって言えよ」


 光樹くんは優しくそう微笑みながらキッチンへと戻って行った。


 それから数分後、いつ間にか眠っていた私は光樹くんに起こされた。


「おかゆ作っといた。ちょっとでもいいからゆっくり食べな? 食欲なかったらゼリーもあるよ。それとお薬。買ったから食べ終わったらちゃんと飲むこと。後、ポカリも買っておいたから、しっかり水分取って汗かくこと。いいな?」


 コクコク。


 私は、返事をするのもしんどくてゆっくりと頷いた。


「じゃあ、俺、帰るから。本当はもうちょっと見てあげたいところだけど、流石に一人暮らしの女性の部屋にこれ以上いるのは不味いしね。祐美さんにも連絡しといたから何かあれば来てくれると思う。お大事に。*****」


 光樹くんはそう言うとそのまま私の家を出て行った。最後の方はなぜか聞き取ることができなかった。


 待って。本当はそう言いたかった。だけどしんどくて声も出せなかった。体も動かなかったから、離れて行く彼の手を掴むこともできなかった。


 私は、そのままもう一度眠りに落ちた。


 次に起きた時には、折角作ってくれて温かかったおかゆはもう冷めていた。


 ***



 ──トントントントン。グツグツグツグツ。


「ん……」


 軽快なリズムが部屋に響き渡り、私は意識を取り戻した。

 なんだか、おかしな夢を見ていた気がする。どんな夢だったかな。頭が痛くて思い出せない。


 私、どうしたんだっけ?

 あ、そうか。今日は熱出して学校休んだったんだ。それでお昼なにも作る気力なかったからコンビニ行こうと思ったらそのまま……?

 あれ? なんで私、ベッドで寝てるんだろう。覚えてないけど、自分で戻ってきたんだっけ?


 それにしてもこの音どこかで聞いたような……音?


 私は薄らと目を開ける。音はキッチンから出ているようだ。この部屋の間取りは1LDK。寝室からはキッチンを見ることができない。


「誰……?」


 普通なら見知らぬ人がキッチンでいたらパニックになりそうだけど、なぜか私は平静を保っていられた。どこか、その音を懐かしいと感じたからだ。いや、単純に体が言うことを聞いてくれないっていうのもあるかもしれない。


 私の声に反応したその誰かがゆっくりとこっちへ向かって来る足音が聞こえる。


「あ、朝香。起こしちゃった? 大丈夫?」


 そこには、なぜか相沢くんの姿があった。


 ◆



「はい、熱いから気をつけてね? 食べれる? ふぅふぅしようか?」


「いい……じ、ぶんでたべれる……」


 あれからもう少し寝た後、相沢くんがおかゆを作ってくれたのでいただくことにした。

 こんなに弱っている姿を誰かに見せるのは初めてだったかもしれない。だけど、なぜか相沢くんならそんなに気にならなかった。不思議だ。


 相沢くんが作ってくれたおかゆは、どちらかというと雑炊に近いものだった。私の好みを知ってか知らずか、卵を入れてくれている。茶碗に盛ってくれたお粥の上には刻んだネギが乗っており、しんどい体にも食欲を出させてくれた。


「あつ……」


「気をつけて。ゆっくりでいいから。食欲はあるみたいだね。よかった」


 なんだか、意外だった。あれだけ避けていたのに、本気で私を心配してくれている。あの件も誤解だったと分かってから謝れずにいたのに。

 それがなんだか、すごく恥ずかしく感じて下を向いてしまった。


「お、おいしかった。ごめん……」


「お粗末様でした。市販薬だけど、お薬買ってあるから、ほら。飲んで」


 彼は手際よく、ミネラルウォーターと薬を一緒に差し出した。


「ごめん……」


 私ってこんなに弱かったっけ? なんだかさっきから相沢くんに申し訳なくて謝ってばかりだ。


「うっ……頭痛い……」


「じゃあ、着替えてもう一度寝ようか。俺、片付けしてるから着替えてて」


「ごめん……」


 また謝る。私は、相沢くんに片付けをお願いして、寝室で着替えさせてもらった。

 下着までぐっしょり。こんなに汗かいてたんだ。タオルが欲しいけど……どうしよ、洗面所に行かないとない……

 私の今の格好は裸。そして相沢くんにお願いするのも気が引けた。


「朝香? 汗かいてるだろ? タオル、ここ置いておくから、使って」


 え?


 まるで私の心でも読んだかのようにベストなタイミングでタオルを持ってきてくれた。そして扉の前に置いておくという、気まで遣って。


 私は、タオルを手に取り、全身の汗を拭き取った後、急いで服を着替えた。

 そのタイミングでノックをされた。


「もう、着替えた? 入ってもいい?」


「あ、うん……」


「失礼します。あ、少しは顔色良くなったかな? でも、まだしんどそうだね。どれどれ熱は?」


「あっ……」


 相沢くんはそう言うと、私のおでこに手を当てた。恥ずかしくて、体温が上昇するのが分かる。


「まだ、結構熱いな……ほら、もう少し寝ておきな」


 相沢くんはそのまま私の肩を押さえゆっくり倒して、布団をかぶせてくれた。

 その時点で体は限界を迎えており、うつらうつらとすぐに目蓋が降り始めた。


「ごめん……」


「こういう時くらい、ありがとうって言ってよ」


どこかで聞いたセリフ。なんだか分からないけど、しんどいのに笑ってしまった。


「ゆっくり休むんだよ。ポカリここに置いておくから。後、ゼリーも冷蔵庫にいれてあるよ、フルーツたっぷりのやつ。じゃあ、俺は帰るから。勝手にで、申し訳ないけど鈴木さんに住所教えておいたから、いざ何かがあったら連絡してみて。それじゃあ、お大事に」


 そしてもう一度、どこかで聞いた言葉を発し、相沢くんはそのまま帰ろうとベッドを離れようした。


 その時、咄嗟に思ってしまった。

 一人にしないで……


「え?」


 私は気づけば、無意識のうちに彼の腕を掴んでいた。


「待って、い、かないで……」


 なんでそんなことを言ったのかは分からない。だけど、私の意識はそこで途切れてしまった。


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