第13話:思い出の中の彼女
「ああ〜疲れた」
バシャンという音とともに水があふれ、排水溝へと吸い込まれていく。
俺はこの一週間の、というよりも今日の疲れを風呂に入ることで癒していた。
温度はいつも42度。熱いくらいが丁度いいのさ。
「それにしても今日はいろいろあったなぁ」
狭いお風呂場に俺の呟きが反響する。
今日は本当にいろいろあった。
部活見学して、なぜか先輩に難癖付けられて、試合して。すみません、難癖じゃなかったです。俺が悪いです。
「まさかあそこまでやるつもりはなかったんだけどな......朝香もいつの間にか体育館からいなくなってるし。おかげで日頃の運動不足で体がガタガタだ。体育はあるとはいえ、ちっとは運動しないとな」
それに、帰り道の出来事だ。鈴木が変な金髪バーコード眉毛に襲われていた。彼氏という感じでもなさそうで何より、俺に助けを求めてきたのだ。
どうにか助けることができたが、かなり疲れたと言っておこう。鈴木を逃してからが大変だった。
逃した後どうしたって? 逃げたに決まってんだろ。
どうにもこうにも社会人生活である程度、度胸のついた俺は、今更、実質年下のヤンキーなど別に怖くともなんともなかった。
それでも心は体に引っ張られていく。ふとした時に、大人ではない、軽率な行動をとることも多々ある。朝香のことになると周りが見えなくなるのが良い例だ。大人の記憶を持ったまま、子供に返ったような。
ぶっちゃけ、昔の俺だったら見て見ぬ振りだっただろう。鈴木が確かな美少女であっても面倒ごとはごめんだ。
「ふぅ〜」
風呂に浸かりながら、大人だった頃に朝香と会話していたことを思い出す。
***
「みぃ......今日、最悪だった......」
「何かあったの?」
朝香は珍しく、ゲンナリとした様子で俺に甘えてきた。ちなみに俺はみぃと呼ばれている。恥ずかしいから内緒だぞっ!
「痴漢にあった」
「よし、そいつを今から殺しに行こう」
俺の愛すべき彼女に痴漢をするなど万死に値する。
いつもクールで何事も卒なくこなす彼女がこうやって甘えてきてくれている。それだけで俺にとっては堪らないひと時である。
「もう大丈夫だからっ! みぃにいっぱいよしよししてもらうの。ね?」
俺をぎゅっとしながら朝香は上目遣いでこちらを見てくる。俺を萌え死にさせるつもりのようだ。
よし、こうなったらご注文通り、飽きるまでなでなでしてやろう。
「んっ」
俺が優しく彼女の髪を撫でると気持ちよさそうに声を出す彼女。
ダメだ、無限に撫でていられる。
「ねぇ?」
「ん?」
「もし、私と同じ様に誰かが痴漢されてたらどうする?」
「ん〜その時になってみないと分からないなぁ。普段だったらスルーするかも。面倒ごと嫌いだし......」
「ダメっ! みぃの悪いとこだよ、すぐに面倒くさがるところ。もし、そういった子がいたら必ず助けてあげてね。約束だよ?」
朝香は俺に抱きついた状態から体を離し、目を見てそういう。朝香のこの目に俺は弱い。必ず、「うん」としか言えない状態になってしまうのだ。
そして俺が「うん」と答えると素敵な笑顔とともに俺の頭を撫でてくれる。
「ふふ、その顔かわいい。あっ、なんで顔逸らすの!」
「男ってのは、かわいいって言われるより、カッコいいって言われたいの!」
「そういうもんかなぁ。照れてるのかわいいのに......」
まったく、男心ってもんが分かってないぜ。かわいいも嬉しいわ!!
「あっ、でもね。助けるのは約束だけど、助けた子に惚れられちゃダメだよ!! 私嫉妬しちゃうから!」
***
「ごああああああああああ」
思い出して、悶える。かわいんじゃボケェ!!!!
付き合い出して間もない頃の朝香との会話である。朝香と約束したこと。困ってる子がいたら助けてあげること。具体的には痴漢の話であったが、それは例えであって彼女が言いたかったことは、そういうことである。
「はぁ、くそ、かわいいな。朝香。JK朝香もいいけど、やっぱりアダルト朝香にも会いたい......」
このアダルトは決してやらしい意味ではないぞ? 決して違う。大人の朝香だ。
はぁ。もう一度、あの時の彼女のことを思い起こす。
俺のそらした顔をグイッと両手で掴んでこちらを向かせて言った、嫉妬宣言。
「ぴゃああああああああああああああああああ」
「うるさいっ!!!」
ドン。と洗面所で壁を叩く音。
我が家の暴君。姉である。
その後、俺はまた何度も悶えそうになりながらも叫ぶことを我慢し、お風呂から脱出したのだった。
◆
翌日。
本日は土曜日。晴天なり。
今日も俺はすることもなく、一日部屋でゴロゴロ〜とすることになる。本当は朝香と会いたい。しかし、家が分からない。というか突き止めて行ったら確実にストーカー扱いされる。
こんな調子ではやることもないので家で一人作戦を考える必要があるのだ。まずは朝香を守る騎士、鈴木をどうにかせねばなるまい。
これより、鈴木攻略会議を始めることとする。
「......」
しかし、具体的なことが何一つ思い浮かばない。彼女のことを知らなさすぎるのだ。一度、同じ青春時代を過ごしているとはいえ、全く関わりがなかった。知っているのはバレー部であったということ。そして面食いだったということだけ。俺の面じゃ食ってもらえそうにないわ。
いやいや、朝香にしか食ってもらうつもりないけどね。
後は......そうか、金だ。女子は金に弱い。我、勝機を見たり。嘘です。男も金に弱いです。証拠が俺。
「ほぁ〜」
やることもないのでとりあえず、パソコンに向かう。これから俺はある裏技を使うことにする。
別に鈴木を攻略する裏技ではない。なんの裏技かというと金を稼ぐ裏技である。何かを行動するためには金がいるのだ。コツコツバイトなどやってられん!
これは俺が十年前に戻ったあの日から考えていたことである。
俺が今いる、この年は2012年である。
2012年。覚えているだろうか。この時期はようやくスマートフォンが普及し始めた時代だった。スマートデバイスの黎明期とでもいうのだろうか。
俺が当時、高校入学前に買ってもらった初期のAndroid搭載のスマートフォンは、マジで使えたものではなかった。
すぐに固まるわ、動きもカクカクだわ、バッテリーは熱くなってすぐに電源が落ちるわで。挙げ句の果てには、充電器を抜いた瞬間にバッテリーが100%から0%になったこともある。あまりいい思い出はない。それでも一年は我慢したのだが。
今はその時でも比較的、マシだった機種を俺は使っている。同じ徹は踏まないのが俺の主義。
そして、そんなスマートフォンが流行ったことにより、同じくかなり流行ったものがある。それがスマホアプリの某パズルゲームである。
思えば、クラス中の生徒がやっていた記憶がある。今も多分、みんなやってるっぽい。今が一番の盛況具合だったからね。
まぁ、つまり何をするかというと株だ。そのスマホゲームを当てた製作会社は、その時の株がかなり上がったのだ。
その情報をしっているというアドバンテージ!親に頼んで口座開設までしてもらった。
先行投資として俺は既に小遣いでもらっていた全額を入金済みである。
これからどんどん膨れ上がっていく資産にワクワクを隠し切れないでいた。
そしてこの金が膨れ上がり、俺に大量の金が入った時!
鈴木よ。貴様を金で買収してやる。
「ふっふっふっふっふ。ふははははははは」
「うるさいっ!!!」
姉、再び。
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