第19話:嫁へのアプローチ期間④

 入学してから早、二週間ちょっと。未だに、俺は朝香と話すこともできていない。もうすぐ来るべき、ゴールデンウィークに向けて、朝香と仲良くしておく必要がある。だって、一緒に出かけたい。


「姉よ、あさ......堂本さんはどんな感じだ?」


「ああ? ああ、あんたそういえば、あんたがプロポーズしたのは朝香だったか。お前のこと死ぬほど気持ち悪いって言ってたよ」


「ちがーう!! 俺のことじゃなくて、仕事っぷり! 生徒会入ったんだろ?」


「はいはい、冗談だよ。仕事はできてるし、いい子だよ。妹に欲しいくらいだ」


「そ、それは、俺が彼女を娶れということか!? つまり姉貴も協力してくれると!?」


「飛躍しすぎ。そんなんだからキモいってんだ」


 またキモいって言われた。あれ? これは姉貴の感想だよね。そうだよね?


「まあ、頑張りすぎてる感はあるな。適度に力ぬけばいいのに、全部やろうと張り切ってるというか、なんというか」


「そんなに生徒会の仕事って大変なの?」


「いや......まあ、お前もよかったら雑用として迎え入れてやろうか? こき使ってやるぞ?」


「え、遠慮しておきます......」


 生徒会。入れば、朝香と一緒に過ごす時間も多くなるだろう。頑張っている彼女を支えてあげることもできる。しかし、爆弾が多すぎる。姉貴に奏さんに天音さん。そこら中に不発弾が埋まっているのだ。いや、不発じゃないな。常に爆発している。そんなところに無策で突っ込むのは危険だ。


「まっ、いざなんかあったら、お前が助けてやれ。生徒会長は役にたたねえから」


 まだ見ぬ生徒会長。俺と同じ匂いがする。あれ? そういえば、入学式の挨拶、生徒会長じゃなかったのか?


 ◆



 そういうわけで翌日の昼休み。

 あの奏さんと天音さんの爆弾発言から時間も経ったわけだし、朝香の元へ再トライしに行くことにした。


 一組の教室の前、入ろうとしたら扉が急に空いた。


「ぅあ!? 相沢!? な、なにしてるの?」


「どうした、鈴木。そんなに慌てて。俺が一組に来ると言えば一つしかないだろう。朝香はいるか?」


 あ、言ってよかったのか? また追い出される?


「あんた、懲りないね......朝香なら今日は休み。いないよ」


「なに!? なんでどうしたの!?」


 俺は鈴木の肩を無意識に掴んだ。


「お、落ち着けってば! 揺らすな!! そ、それに近い......」


「すまん......」


 言われてから気づいた。めちゃくちゃ至近距離で鈴木に迫っていた。これじゃあ、俺が女性に対して節操がないみたいじゃないか。


「風邪で体調崩してるの」


「風邪か......大丈夫なのかな......」


「わからないけど......朝香一人暮らしだから。様子見に行ってあげたいんだけど、私住所知らないし、それに部活もあるから......連絡しても返事返ってこないからしんどいのかなって」


 朝香一人暮らししてたのか。知らなかった。でも考えてみたらそうか。大人の俺と朝香が出会ったのはこの県ではない、他県だ。しかも朝香の実家もそこにある。


 よし。


「じゃあ、俺がお見舞い行くよ。住所なら生徒会の姉貴に聞いたら分かりそうだし。なんか持っていくものある? プリントとか?」


「え? あんたが......?」


 怪訝な目を向けられる。そういえば、俺、鈴木の中の要注意人物だったか。しまった。絶対無理じゃん。


「......分かった。じゃあ、お願いしてもいい?」


「へ?」


 少し考えた後、鈴木の許可が出た。まさか出るとは思っていなかったので変な声が出た。


「何、その変な声。私も朝香が心配だから、仕方なくお願いするだけ! その、絶対変なことしたらダメだからね!!」


「ああ、ありがとう。変なことはしない、誓って。でもなんで急に? 前まで追い払ってたじゃん」


「お礼......」


「なんて?」


「この前のお礼っ!! どいて!」


 そう言うと、鈴木はプンスカと廊下を歩いて言った。

 それにしてもお礼? 俺何かお礼もらうようなことしたか? まぁ、いいか。鈴木の好意は素直に受け取っておこう。


 それから俺は生徒会に向かい、一悶着がありながらもどうにか朝香の住所を手に入れることができた。ぐへへ。いかん、いかん。




 放課後。俺は、風邪引いた朝香に何か作ってあげようと思い、近くのスーパーで買い物をしていた。


「朝香は、玉子粥が好きだったな。卵あるか分からんし買って行こう。さすがに米はあるよな」


 なんだか、あの日のことを思い出すな。あの日も確か、朝香が風邪引いてたんだっけ? 付き合う前の話だったか。


「あ、これこれ。朝香これが好きだったよな」


 俺は、朝香が好きなフルーツがたっぷり入ったゼリーを手に取った。熱が出た時にゼリーが食べたいと言われて、コンビニまで慌てて買いに行ったっけ? 懐かしい。


 俺は、そのゼリーをそのままカゴに入れた。念のため、二つ。自分の分じゃないぞ? 明日もしんどかったらゼリーくらいだったら一人でも食べれるだろうからな。


 そして俺はそのまま、会計を済まし、姉から来週の生徒会の仕事を手伝う(奴隷待遇)という交換条件と引き換えに手に入れた、朝香のマンションの住所へ向かう。


 スーパーは学校のすぐ近くにあり、朝香のマンションはそこからさらに20分ほど歩いた場所にあった。周りは住宅や田んぼで囲まれており、マンションと呼べるものはわかりやすく、1軒しかなかったので迷うこともなかった。


「さて。出てくれるだろうか」


 自動扉の前。当然ながらオートロックである。ここまで来てなんだが、開けてくれない可能性もある。それに、しんどい体をわざわざ起こしてまで出てもらうのは気が引けた。


 しかし、入れてもらわねば始まらない。


 と、ここで運良く他のマンションの住人が出てきた。そして軽く頭を下げられた。俺も礼を返して閉まりそうになる自動扉からそのまま、慌ててマンションに侵入することができた。


 いや、侵入って。


 そして、マンション三階までエレベーターを使う。

 朝香の部屋は308号室であった。


「いざ」


 ピーンポーン。


「ぬ?」


 ピーンポーン。


 出ない。


「どうしたものか。諦める? いや、朝香が倒れてたら一大事だし......」


 俺はなんとなく、開くはずでないであろう、ドアノブを回した。すると、ドアノブは抵抗もなく、ゆっくりと回ってしまった。


「え? 空いてる? 入る? あ、でもこれってかなり危ない男だよな?」


 一人暮らしの女子の家に許可もなく、勝手に侵入。非常によくない。ご近所様に見られれば性犯罪者として通報されてもおかしくないかもしれない。


 念のため、周りを確認してみる。


「セーフ。でもなぁ」


「ん......」


「ん?」


 ドアの向こうから少しの呻き声が聞こえた。まさか。


「朝香?」


 ゆっくりとドアを開けるとそこには、廊下で倒れている朝香の姿があった。



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