第16話:嫁へのアプローチ期間①
***
「はじめまして、堂本朝香です」
俺の目の前に座っていた女性はそう名乗った。素直に言えば綺麗な人だと思った。しかし、当時から捻くれていた俺は、つまらない女だとも思った。
まるで能面のように笑顔を貼り付けて笑う彼女は、誰からも愛想がいいと思われるような優等生を演じているように感じた。
折角綺麗な顔をしているのにもったいない。
彼女を初対面でそう評価した俺は、何様だと言いたくなるが、ほんっとうに捻くれてたんだ、許して欲しい。
だが、俺がそんな彼女とまさか付き合うことになるだなんてその時は思いもしなかっただろう。
初めてのデートは映画だった。それは、それはありふれたものだ。まだ付き合ってもいない時のことだ。
映画と言っても激しく心躍るようなアクションものの洋画でもなく、胸が苦しくなるような甘酸っぱい恋愛青春映画でもなかった。
それは当時社会現象にまでなったアニメーションであった。
偶然チケットが余り、別になんの下心もなく、適当に誘った相手が彼女であった。この時点では本当に下心はなかった、信じて欲しい。
俺は普段から漫画だのアニメだのゲームだの、ラノベだの、日本特有ともいえるサブカルチャーが大好きだったのでその映画も行きたいと思っていた。別にサブカル好きでなくとも十分に社会的に影響を及ぼしていたのでそんなのは関係なかったが。もはや、それはサブが取れてカルチャーなのでは? そう思った。
彼女といえば、特にアニメには興味はなかった。よくニュースで興行収入何億超えだとやっていたのが気になっていて、予定も空いていたのでチケットが余っているなら見たいとのことだったのだ。
あのキャラクターってなんて言うの?
あれは敵?
なんであそこであんなことしちゃうの!?
ううう、なんで死んじゃうの......
喧しい女だと思った。静かに映画の一つも見られねぇのかと。
まあ、俺も別に喧嘩がしたいわけじゃないので聞かれたことには丁寧に答えて行った。
何もかも完璧でまるでそんな世界に興味は全くなく、見てもつまらないという感想しか返ってこないかと思っていたが、存外そんなことはなかった。
「あれは絶対、こういうことを伝えたかったんだよ!」
「いやいや、あのキャラの性格からしてそれは絶対にないね。死んでもそんなことは言わん」
「ええーなんでー!」
終わった後、本当はそのまま解散するつもりだったが、なぜかディナーを共にすることになった。ディナーと言ってもおしゃれなレストランじゃない。ありふれたその辺にある居酒屋だった。
「あ、これ頼んでみよ!」
彼女が頼んだドリンクは、よく分からないピカピカ青く光った何かがグラスの底に沈んでいたお酒だった。
「ねえねえ、見て! 光ってるよ!」
楽しそうに笑う彼女。初めて会った時の能面とは別人かと思った。思えばこの時から彼女に惹かれていたのかもしれない。
俺はその無邪気で綺麗な横顔を酒の肴に強めのアルコールをぐびっと喉の奥に流し込んだ。
***
「ふぁぁぁ」
「うっす、なんか眠そうだな」
「ああ、拓磨か。朝練か?」
「まあな。お前は結局入らないのか?」
「またその話......パスだ、パース。じゃあな」
俺は拓磨に背を向けて、自分の教室へと入って行った。
教室に入ると奇異な視線を浴びる。俺はいつの間にか有名人になっていたらしい。それもそうよね。なんたってプロ男だし。姉に言わせれば、トラウマらしいよ。
「あ、えっと、あの......」
「ん? どうしたの、柳さん」
「お、お、おはよ!」
なんで急によそよそしくなったんだろうか。まあ、いいや。とりあえず俺ももうちょっと慎重に朝香にアプローチしよ。
昨日はいっぱい話しかけようと意気込んでいたが、作戦変更である。よくよく考えたら、確かにキモい。
そうして俺は昼休みまで恙無く、平常運転で授業に精を出した。
「えっと、相沢くんどこ行くの?」
昼休み。昼飯をカズさんと一緒に机でダベリながら食い終え、廊下に出ようとした時、柳さんに声をかけられた。
「えっと、1組。堂本さんとこに話に行こうと思って。門前払いされるかもだけど」
だが、しかし! 何度でも諦めないのが俺!! 高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいのだ!! なんて、青春っぽいことを口ずさむ。
「それなら、私も一緒に行ってもいい?」
WHY?
◆
「失礼しますっ! 堂本朝香さんいらっしゃいますか!? いたら私と一緒に話しましょう!」
くすくすくす。1組の女子たちから笑い声が聞こえる。
周りを見渡すと女子だけでなく男子も、それに拓磨も笑っていた。
「あれ? 堂本さんいないみたいだね?」
俺の後ろからちょこんと顔を覗かしてそういう、柳さん。小動物みたいでかわいい。というか、あなたは1組の友達に用があったのでは?
「光樹、堂本さんなら生徒会に呼び出されてどこかへ行ったぞ?」
拓磨が俺にわざわざ近づいてきてそう答えた。
生徒会......嫌な予感がするのは俺だけだろうか。ただでさえ、姉という理不尽な存在がいるのに、土曜日にとんでもない生徒会メンバー二人と出会しているのだ。俺にとってもそんな生徒会へ向かうのには中々の覚悟がいる。
だが、朝香と会うためだ。まあ、学校の中でまであの姉も俺に何かしないだろう。
俺と柳さんは朝香が呼ばれた生徒会室までの廊下を並んで歩く。
「別に付いてこなくてもよかったのに」
これは付いてくんなよ、ではなく、付いてきてもらうなんて悪い、と言う意味だ。
「ううん、相沢くんと一緒にいたかったから」
ううん? 変わった昼休みの使い方だな。俺が言うのもなんだけど。
そういえば、先ほど1組を訪ねた時、朝香は生徒会で呼ばれていなかったが、いつもピッタリとくっついていた鈴木の姿も見えなかったな。まさか、呼ばれてもないのに生徒会室に付いて行ったとか? いや、さすがにそれはないか。
そんなことを考えていると生徒会室が見えてきた。そしてその近くで暇そうに壁にもたれかかっている鈴木も。
あ、本当に付いて行ってたんだ。
そして近づく俺に気付いた、鈴木と目が合う。
「あっ!」
一瞬、何か口から飛び出すんじゃないかと思うほど、驚きの様子を見せた彼女は、「えっと、えっと......」と慌てふためていた。
これは、また追い払われるか?
そう思ったが、そんな追撃がくる様子は一向になかった。
そんな鈴木がこちらをチラリと見て、もう一度口を開いた。
「だ──」
「ピシャッ」と鈴木が何かを言おうとした時、生徒会のドアが開かれた。
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