第25話:GWデート①
五月三日は祝日であり、何の日かというと憲法記念日だ。つまり、日本国憲法が施行されたことを記念した日。
どこかのお偉いさんに怒られるかもしれないが、多くの日本人にとっては、そんな事実などどうでもいいことだろう。ゴールデンウィークを構成する祝日の一つでしかない。
俺にとっても、そうであった。
しかし、とある時からその日は俺にとって、より特別な日となった。
それは朝香と付き合ってから、そしてさらには籍を入れてからである。
あの日。一緒に役所へ婚姻届を届出に行って、役所のおじさんに記念に写真を撮ってもらったことを今でも昨日のように思い出す。
***
「はい、受理しました」
「「ありがとうございます」」
2022年5月3日。
「記念に写真撮ろうかい?」
「いいんですか?」
「お願いします!」
最新式のスマホを窓口担当者のおじさんに渡す。
俺と朝香は、二人で片手ずつ婚姻届の端を持ち合った。
カシャ。
無機質なスマホカメラの駆動と共に、夫婦となった証がデータとして残った。
おじさんからスマホを受け取って写真を確認すると、二人とも満面の笑み、まさに幸せそうだった。いや、幸せだった。
「お幸せに」
「「ありがとうございました」」
そして役所を後にする。
「ねぇ。幸せになろうね?」
役所の出口を出たところで朝香が俺の腕を取り、上目遣いでそう言う。
「もう、幸せだよ」
俺も俺でキザったらしくそう返した。
「私も、幸せっ!」
***
「ぐはっ!」
幸せな思い出の余韻に浸ったらなぜか、ダメージを受けた。俺の記憶に残る朝香が可愛すぎた。
それと同時になんだか、それが遠い昔のように感じて少し、切なくなった。
「相沢! お、お待たせ」
「ああ、俺も今きたとこ……ぐはっ!」
俺が振り返った先には、天使だ。天使がいた。そのあまりの神々しさに思わず、吐血してしまった。
(ああ、やっぱりかわいいなぁ)
「どうしたの?」
薄い水色のミモレ丈ワンピース姿で上品な立ち振る舞いを見せながら朝香は首を傾げた。
「いや、かわいいなと思って。やっぱり朝香はかわいい」
「なっ! なんで、そんなストレートなのっ!?」
朝香は俺の絶賛に戸惑いながら、軽く視線を泳がせた。このくらい誰からでも言われ慣れてるだろうに。
「だってかわいいもの」
「……あんまり言い過ぎると安っぽくなるわよ?」
「ならない。なぜなら、朝香はかわいい」
俺は至って真顔で朝香に語りかける。安っぽくはない。いつだって俺の愛は重いのだ。
「う、う、う……」
「かわいい、かわいい、かわいい、かわいい……」
朝香が恥ずかしそうに俯くからさらに追い討ち。追いカワイイである。
「うるさい!!」
「いたぁ!?」
そう思ったら、小さな、「それ何が入んの?」ってくらいのカバンで叩かれた。あの……金具が当たって痛かったです……
「いいから早く! 行くわよっ!」
そしてその照れをごまかすように朝香は先へと進んだ。
今日、五月三日に俺は朝香をデートに誘った。一緒に遊んでくれと。そして今日そのデート先に選んだのは某テーマパーク、つまり遊園地であった。
電車を数駅乗りついて隣町にある、この遊園地。午前中から今日一日遊ぶ予定である。
一緒に行こうと言ったのになぜか現地集合になってしまった。理由は分からない。
俺たちは、既に購入済みのチケットのQRコードをエントランスにある機械に読み込ませ、入場した。
ゴールデンウィークということもあり、そこにはカップルや親子連れなど様々な人で溢れかえっていた。
「すごい人ね……」
「ああ、やばいな。ほら」
「……何よ、この手?」
「何っていつも繋いでただろ? 逸れないように」
「はぁ!? えっ!! 何言ってんの!?」
「あ……」
間違えた。素で間違えてしまった。いつもの調子で朝香に自然に手を差し出してしまった。デートの時は毎回繋いでいたのだ。そら、手を出しちゃうよ。でも慌てる朝香がやっぱりかわいい。
「あんた、それ誰にでもやってるの? 随分慣れてるけど……」
誤解である。
「い、いや。俺、誰とも付き合ったことないから知らないなぁ、ははは」
「ふーん……まぁ、いいわ。行きましょ!」
どうにか誤魔化せたか、危ない。
「まず、何から行く?」
「そうね、遊園地にきたらやっぱり……」
「あれだな?」
「そう、あれよ!」
ふふふ、知っているぞ。俺は知っている。朝香があれが好きなことを。好きなくせに朝香は結構ビビリなところあるからな〜。「キャー」って言って、抱きついてきたり、ぐへへ。そう、それは……
「お化け屋敷!」
「ジェットコースター!!」
「「え?」」
声が重なった。
◆
「やっぱり、考え直さない?」
「なんでよ?」
「ほら、待ち時間も長いしさ……」
「ふーん、恐いんだ?」
長蛇の列の中、朝香は俺の方を見て得意気にニヤニヤと見てくる。くぅ、かわいいっ!!
現在、俺たちが並んでいるのはジェットコースターの列。ちなみに一時間待ちである。これでも割りかし短い方だ。今回、俺が用意したチケットはEXPRESSパスという待ち時間をあまり使わず、アトラクションを楽しめる、少しお高めのチケットである。
朝香はお金を払うと言ったが、拒否した。俺って割りかしお金持ちだからね! 学生にしてはだけど。
それにしてもなぜだろう。俺の記憶の中にある、朝香はお化け屋敷が好きだったはずだ。付き合ってからも一緒に遊園地に行くことはあったが、絶叫系には余り乗らなかった。俺が苦手だったというのもあるが。僅かな記憶の違いに困惑しながらも先ほどの問いに答えた。
「べ、別に恐くないよ」
「またまた、強がっちゃって。意外とカワイイとこあるじゃない」
なぬぅ。俺はただ、苦手なだけだ。高いところが! こうなんて言うんだろ、あのふわっとした感じ? あれがダメなのよね。
しかし、悲しいことに男とは強がってしまう生き物なのである。
「別にヨユーだし、ヨユー」
「ほんと? じゃあ、隣でじっくり観察させてもらうわね?」
「お、俺だって、朝香のこと観察するし」
「……なんだかあんたが言うとマジっぽいからやだ」
引かれてしまった。なぜ!?
待ち時間は意外と積極的に朝香も俺を嫌がることなく話が弾んだ。
そうして、遂に乗車する時がやってきた。
「なんでこう言うときに限って一番前かな……」
「あ、やっぱりビビってるんだ」
安全ベルトを係員につけてもらいながら、朝香は俺をからかう。俺だって、朝香をからかいたいのに! そんな余裕はない。隣に朝香がいるというのに、触れられる距離にいるというのに。
ガコン。
そうも言っている間に運命のカウントダウンは始まってしまった。ゆっくりと車輪が回り、俺と朝香、そして他の乗客を乗せた乗り物はレールに沿って上昇していく。
あかん。前を見てられない。そ、そうだ。朝香の顔を見ればいいんだ!そうすれば、きっと俺は乗り切れる。幸せになれる。
前を見ないように目を瞑りながら、ゆっくりと朝香を見た。その顔はこれから始まる絶叫を心待ちにしているような無邪気なものだった。
(楽しんでいるようでよかった)
「ああ、いつまでも見てられるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
「やっほーーーーーーーー!!」
あまりのGに朝香を見ている余裕もなく、心の声は漏れ出て、絶叫に変わった。朝香はというと、まるで暴れ馬でも乗りこなすかのように、両手を上に上げて、可愛く叫んでいる。
「いやあああああああああああああ」
俺はというと情けなくも女子のように叫ぶしかなかったのだ。
右へ左へ、縦横。縦横無尽にコースターは風を切り裂いて前へ進む。
ようやく、終わった頃には、俺は燃え尽きていた。
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