第21話:部屋とパンツと私
チクタクチクタク。時計の針が回る音が静寂に包まれる寝室に小さく響く。
今現在の俺の状況? そうだな。朝香に手を握られたままベッドに座っている。
朝香は「すぅすぅ」と時折、「うぅ……」と苦しそうに寝息を立てている。今も熱があってしんどいのだろうと思う。
「さて、どうしたもんかな」
この時代の朝香は、どこか強がりな気がする。俺が大人になってから会った朝香とは大違いだ。俺の知っている朝香はもっとフランクで、なんていうか、俺のことを最初はおちょくりまくっていた印象だ。付き合うようになってからはすごく甘えるようになった。それは俺もだが。
そんな朝香も十年前はこんな感じだったのだろうか。そういえば、朝香はあまり昔のことを話したがらなかった。なぜだ?
正直言えばさっきのは不意打ちだった。今の俺は朝香に嫌われていると思っていた。
『待って、い、かないで……』
先程の言葉が反芻する。
俺は暗くなった部屋の中で朝香の寝顔を見つめていた。
「しかし、スマホをあっちに置いているのは不味いよな。親に連絡取れん。姉貴に殺されるかもしれん……」
できれば彼女と一緒にいたい。俺も経験があるが、一人暮らしでの風邪ってまぁ辛いのなんのって。何か食べるのにも気力がいるし、寂しいし。
とりあえず、スマホを取りに行かなければ。何か俺の腕とこうスライドさせて取り替えられるものないか?
俺は、暗い中周りを見渡すも、代わりになりそうなものはない。
「っ!!!」
その時だ。気づいてしまった。あまりの衝撃に体中に電気が走る。
俺が目を向けるその視線の先には。
「ぱ、ぱんつ……」
そう、彼女が着替えた後があったのだ。おそらく気が回らなかったのだろう。俺が来た時に着ていたジャージとそのまま、一緒に脱ぎ捨てられたパンツとブラがはらりとこちらを覗いている。
俺は視線を外すことができない。
だって、生だぜ? おい。好きな女子の生パン(しかも脱ぎ立て)だぜ? 色はピンク。上下セットのものようだ。ああ、手が!! 手が勝手に!!!
「んん……」
「!?」
危なかった。訳のわからない思考に支配されているところだった。彼女のうめき声で戻ってこれた。どうやら、俺も疲れているらしい。
というか、不謹慎だ。彼女がこんなに苦しんでいるのに、ぱ、ぱんつ如きで……
落ち着け。彼女のパンツなら何度も見たことあるだろう。そうだ。しかし、JK時代のものは見たことがないっ!! ここはちゃんと脳内メモリに……いかんいかん。
後、二回だ。二回だけ、チラ見していいことにする。それ以上はダメ!!
その後は素数だ、素数を考えよう。
それから俺は五回チラ見して網膜にその光景を焼き付けた後、素数を数え始めた。
1、2、3、5……
◆
「ん……?」
カーテンの隙間からこぼれ落ちる、柔らかな日の光で私は目が覚めた。なんだか、よく寝た気がする。
体はしんどかった気がしたのだが、なぜだか安心感があったというか……なんでだろう?
私は右手に何やら不思議な感触があるのが分かった。
何かを握り締めてる?
ゆっくり体を起こしてその握り締めている謎の物体Xの全貌を見た。
「ええええええ〜〜〜〜〜!?」
なんでなんでなんで!? なんで相沢がいるの!?
えええ!? 全然覚えてない……
相沢は私の大きな声にもピクリとも動かず、すやすやと制服のまま、ベッドに突っ伏して寝ていた。
私は反射的に握っていた手を離し、キョロキョロと周りを見渡す。
「あっ……」
サイドテーブルにはポカリが置かれており、ゴミ箱には冷えピタが何枚か取り替えられた形跡が見て取れた。
「そっか……私、熱あったんだっけ?」
なんだか、朧げだが思い出してきた。昨日、相沢が看病に来てくれたんだった気がする。
あれ? でもなんで私の家知ってるの? そもそもどうやって入ったの……?
やや、恐怖。それでも朝まで私のことを看病してくれたみたいなので、感謝こそすれど、嫌悪感は何もなかった。
というか、私、変なこと言ってないわよね? ダメだ……思い出せない。普通だったよね……?
「ううう……って朝!? 学校! っう……」
いきなり大声を上げたもんだから頭に響く。まだ、微熱くらいはありそうな気がする。
「とりあえず、相沢を起こさないと。起きて、ねぇ、起きて!」
「朝香ぁ、愛してるぞぉ……」
「な、何を言ってんの!? 寝言……よね?」
少し、体温が上昇するのが分かる。
「ねぇ、相沢。相沢ったら」
先程よりも激しく、揺らす。
「朝香、ダメだ。そんなに激しくしたら。俺……俺……ああ、もうダメだ……」
「何の夢見てんの!? ねえ! 起きて。起きなさい!!」
「いてっ!?」
「あ、ごめんなさい……」
勢いよく、揺らしたものだからドスンと相沢が床に落ち、その衝撃で目覚めた。
「ん? 朝……? あれ? 朝香がいる。夢? いや、そうか。戻ってきたんだ」
相沢はまだ夢見心地なのか、意味のわからないことを言っている。その顔はなぜかすごく、幸せそうだった。その顔に少し呆気にとられてしまった。
というか今更だけど、なんで呼び捨て?
「シャキッとしなさい! あんた、私の家で寝てたの!」
「……うぇ!? ほああああああああ!?」
いきなり大声を叫ぶ相沢。
「い、今何時!?」
「ろ、六時だけど……」
私は枕元にあった、アナログ時計を見て答える。
「死んだ。これは間違いなく、死んだ。殺されるぅ……」
「えっと、大丈夫?」
「朝香ぁ……」
涙目、そして鼻水を垂らしながら相沢がこちらに迫る。
ちょっ!?
「結婚してくれぇ」
「このタイミングで!? ああ、もういいから離れて! 痛……」
少し、元気に動き回ったせいでまた頭痛が私を襲ってくる。こいつの元気さに充てられて少し、忘れていたがまだ病み上がりだった。
「あ、朝香!? ごめん……」
相沢はわかりやすくションボリしている。
「いいって……昨日から看病してくれたんでしょ? それより、帰らなくて大丈夫なの?」
「いや、大丈夫じゃない。俺、帰るよ……ごめんね、朝まで。ちょっとは元気になったみたいだけど、まだ無理したらダメだよ。今日ももう一日学校休みな?」
「う、うん……」
急に優しい口調で話す、相沢に少しドギマギしながらそう答えた。
そして、私は相沢を見送りに、玄関まで行った。やはり、私のせいで朝帰りになってしまい、怒られるのだろう。申し訳ない気がした。
あ、朝帰り……って、そういう意味じゃないからね!?
一人で勝手に赤くなるのがわかる。
「じゃあ、お大事に」
相沢は少し、強がりながらも元気がなく、玄関から出て行った。
玄関が閉まった後、私は、もう一度ゆっくり玄関の扉を開けて、少し、元気のない背中を見つめる。
そして。
「相沢っ! そ、そのありがと。看病してくれて。嬉しかった。じゃ、じゃあ気をつけて!」
「っ!」
振り向いた相沢の目が見開くのが分かる。
先ほどから中々言えなかったお礼をやっと言えた私は恥ずかしくなって慌てて扉を閉めた。
「ふぅ……」
そして深呼吸して玄関の扉にもたれ掛かる。
「っしゃああああああ。姉がなんぼのもんじゃい!!! 元気100倍じゃあ!!」
「!?」
私は玄関の扉越しに、相沢が大きい声を叫んだのを聞いた。
「近所迷惑よ……」
それでも少し、元気になってよかったなと思った。
その後、私は熱を測った。37度1分。まだ、微熱だ。学校に連絡してからもう一眠りしようと寝室に戻った。
「!!」
その時。体に電流が走るのがわかった。
私が昨日、着替えてから脱ぎっぱなしになった、ジャージと下着がはらりとこちらを見ていた。
え? まさか……見られた?
「うにゃああああああああ」
熱がまた少し上がった。
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