第5話:夢見る少女じゃいられない? 〜嫁?視点〜

 今日は高校の入学式だった。私は今年からで故郷を離れた地で一人暮らし、そして高校生活を送らなければならなかった。


 若宮高校。それが私の通うことになる高校の名前だ。特段、優れた進学校という訳ではないが、それでも偏差値的にはその地域ではトップクラスの方だった。私の学力なら特に問題ないだろうと中学の時の担任の先生に言ってもらい、安心して受験に望んだが、まさか自分が成績トップとして入学することになるとは思ってもいなかった。


 通例として、入学試験トップの者は新入生代表として入学式で挨拶することになっている。


 誰も知り合いのいない、ひとりぼっちでそういったことを話せる相手もいなかった私は、入学式が始まってからもそのことで頭がいっぱいになり、緊張をしていた。

 そんな私に話しかけてくれたのが、隣に座っていた同じ組みの女の子だ。男子にも負けないほどの高身長にやや釣り上がった目が印象的だった。見た目だけなら、少し高圧的で、恐いという印象だったが、話して見れば意外と話しやすく、とてもいい子であった。


 それもあって私は彼女、鈴木杏奈とはもう仲良くなってしまった。今、私はその杏奈と一緒に下校をしていた。


 普通であれば、式典に出席していた保護者と一緒に帰ったりする子も多いのであろうが、私の親は出席していない。

 そんな私に気を遣ってか、杏奈が一緒に帰ろうと声をかけてくれたのだ。


「それにしてもさっきのやつ、なんだったのかね〜?いきなりプロポーズって......くふふ、今、思い出しただけでも笑える」


 杏奈は、先ほど私にいきなりプロポーズ?をしてきた男子生徒のことで思い出し笑いしているようだ。


「うん、私もビックリした。思わず、キモいって言っちゃったわ」


「いや、当然の反応でしょ!だって初対面だったんでしょ?一目惚れにしても......ないわ。くふふ......あっははははははは、お腹痛い......くふ」


 どうやら杏奈は、先ほどのことが余程ツボに入ったようで何度も声を押さえきれず笑っている。


「まぁ?朝香がこんなに可愛かったらいきなりそうしたい気持ちもわかるけどね!私が男だったら惚れてるわ。でもプロポーズは......くふ。大勢の生徒も保護者も見ていた中、あんなことできるなんてアイツ、結構やばいわ。明日からあだ名ついてるよ、きっと。くふふ......」


「もう!杏奈ったら!」


 正直言えば、驚いたし、初対面でそんなことしてくる男子なんて本当に信用できるものではない。所詮、私のことを容姿でしか判断していないやつだろうと思った。


 プロポーズは流石に初めてだったけど、そういった告白は中学の頃から多かった。全て断っていたけど。


 だけど。だけどなぜか、私の心の奥が少し騒ついた。なんだか不思議な感覚だった。でもこれはきっと気のせいだと思う。それか只々、無意識のうちに嫌悪感を感じ取ったのだろう。そういうことにした。


「あ、それじゃ、家そっちなんだったけ?明日からもよろしくね!帰ったら早速連絡するね!」


「うん、態々ありがとう!じゃあ、また明日!」


 私はそのまま杏奈と別れた後、借りているマンションへ帰った。部屋の扉を開け、中に入ると段ボールが所狭しと積み上げられていた。


 まだ、こっちに来てから時間もあまり立っていないので片付けが進んでいなかった。


 私は、一息入れた後、片付けの続きを進めることにした。


 ◆


 その日の晩。私は明日の始業式に備えて、いつもより早めに床についた。ベッドの上で布団を被り、目を瞑る。思い出されるのは今日のこと。


『幸せにするので結婚してください!!!』


 今思い出すと不思議とそこまで悪い気持ちにはならなかった。



──




『これ俺の友達ね』


本村幸也もとむらゆきやです!よろしく!』


『相沢光樹です、よろしく』


『あ、タカ遅い!私は真波まなみ。よろしくね』


 真波の友人のタカと呼ばれた男性、中田貴彦なかたたかひこは、開口一番に後ろに控えていた男性、二人を紹介した。

 一人は、今時の韓国人アイドル風の男性。こちらはなんだか遊んでいそうな印象を受けた。

 そしてもう一人。第一印象はザ・平凡な男だった。そしてどこか疲れたような顔をしていたことを覚えている。


岡谷祐美おかだにゆうみです』


『堂本朝香です』


 そうして真波の大学時代の友人である、祐美と私も名乗り、食事会と言う名の合コンが始まった。


 真波も祐美も自分で言うのもなんだが、私もみんな容姿はいい方だ。よく、真波に騙されてこういった合コンをセッティングされるのだが、基本的に男どもはすぐにその醜い欲望を剥き出しにして食いついてくる。


 かわいいね?趣味は?好きなタイプは?


 口を開けばすぐにこれだった。真波はちやほやされるのが好きだが、私はあまりこういうのが好きではなかった。


 だから今回もきっとそうなんだろうなと思ったのだが。


 目の前の男はそんな私たちに興味を示す素振りも見せず、運ばれてきたサラダを一心不乱に貪っていた。


 ......変な男。


 ──それが彼との初めての出会いだった。








「っ!?」


 ガバっという効果音と共に私は自分が先ほどまで深く被っていた布団をまくり上げた。

 勢いよく、目が覚めたものの未だ、脳は覚醒しておらずボーッとしている。

 枕元で充電されていた携帯を手に取ると、時刻は6時29分だった。そしてすぐに時刻が30分へと変わり、その瞬間にアラームが鳴り響く。


 私は慌ててそのアラームを止めた。


 なぜか起きた私の心臓はバクバクといつもとは違う、早い鼓動を刻んでいた。

 アラームの直前に目が覚めたことに感動を覚えつつ、なぜ勢いよく目が覚めてしまったのかを考えた。


 夢だ。何か夢を見ていた気がする。必死にその夢の内容を思い出そうとしていた。


「あっ!」


 なんでなんでなんで!?なんであの男が夢に出てきたの!?


 思い出してしまった。

 昨日、入学式後に初対面の私にプロポーズをしてきた意味不明な男。以下プロ男とする。

 そんな男が少し、大人になった姿で私の前に現れたのだ。仕事終わりの様子、スーツ姿がよく似合っていたように思う。


 夢の中で大人になった私は、なんとそのプロ男を友人から紹介されていたのだ。


 そして彼は夢の中でこう名乗っていた。


『相沢光樹です』


 おかしいよ。絶対におかしい!なんで名前も知らない男が夢の中に出てきて、自己紹介してるのよ!


 しかも初対面で嫌悪感すら感じた男だったのに......そんなプロ男が夢に出てくるって、もしかしてそういうこと?私があの男を意識してるってこと?


 私は一瞬、血迷った思考を吹き飛ばすため、頭をブンブンと左右に振った。


 ないないない!そんなわけない!!絶対にない!きっと、寝る前に思い出してたから偶然、夢に出てきただけ!そうに決まってる!


 私は自分に言い聞かせるように布団から飛び出し、少しだけ火照った顔を冷ますためシャワーを浴びることにした。

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