第6話:となりの少女の話

「おっす、光樹!なんだ、死んだような顔して?」


「終わったんだ。俺の青春は終わった」


「何を朝からテンションの下がること言ってるんだよ?あ、あれか?プロポーズ失敗した件!昨日からめっちゃ噂になってんぞー?」


 校門前、歩く屍のマネをしながら歩いていると声をかけられた。

 笑いながら話しかけてきたのは、マークとは別のもう一人の幼なじみである、佐熊拓磨さくまたくま


 中学時代、バスケ部で副キャプテンを務めていた男である。高校でも俺と同様にバスケ部に入り、俺とは違い見事スタメンの座を勝ち取った男でもある。そして、イケメン。クソが。


 ちなみにマークは別の高校へ進学したのでこの学校にはいない。実を言うとこの高校は、元いた中学校から来た人も少なくはない。なので俺のことを知っている奴は知っているのである。


「ああ、そうだよ。振られてしまったんだ。初手を間違えた。間違えてしまったんだぁぁぁあ......何笑ってんだよ?そんなに俺が振られたことがおかしいか?」


「いやいや、珍しいと思ってな。光樹ってかなり奥手だっただろ?なのになんでいきなりプロポーズよ?」


「うるせぇ。衝動を抑えられなかったんだよ」


 そう、中学時代かなり俺は奥手だった。当時、好きな子はいたが、話しかけもせず遠くから眺めているだけで精一杯だったのだ。


「一目惚れってやつか。まあ、堂本さんなら同じクラスだし、ちょっといろいろ聞いといてやるよ!」


 くっ!これだからイケメンは!相変わらずナチュラルでいいやつである。これが性格がひん曲がった俺とは違う、モテる男の余裕なのであろう。


「へいへい。よろしく頼むわ」


「あいよ!そういえば、バスケ部は?どうすんの?」


「まだ分からねえ。今は朝香とどうするかを考えなくちゃ......」


 俺はそう言って一人でブツブツと呟きながら生徒玄関へと入っていった。


「重症だな、こりゃ......」


 後ろから何か聞こえた気がしたが、それどころではなかった。




 教室へ向かうと廊下では好奇な目を向けられた。みんな一様に俺のことを見て、ヒソヒソと何かを話し込んでいるようである。


 よく耳をすませば、その会話が聞き取れた。


「あれだよ、プロ男!」

「プロ男?」

「1組の堂本さんにいきなりプロポーズしたんだって」

「え?うっそー!だからプロ男ね!ふふ」

「笑っちゃダメだよ。ふふふ」


 早速あだ名がついたんだな。

 ははっ。俺って人気者......


 ネガティブモード全開のどんよりした雰囲気を纏い、教室へ入った。俺を見る視線は教室へ入っても同じであった。



「おーい、これから始業式だから廊下へ並べー」


 チャイムが鳴ると熊のような大きな男、担任である一千いちぜん先生が入ってくるなり、俺たちに教室から出るように促した。


 俺の心は相変わらず、曇り模様。というか土砂降り。そんなテンションの中、始業式を受けたのだった。


「ねぇ?顔色悪いけど大丈夫?」


 そんな中、唯一俺に話しかけてくれる子が一人。その子は昨日から俺を気遣ってくれた。確か名前は......


「大丈夫、ありがとう、やなぎさん」


「えっと、何か悩み事あるんだったら相談に乗るよ?」


 なんだこの子。いい子過ぎない?本当にこんな子、高校の時いたっけ?全然覚えてないぞ。


 普通の思春期であれば異性にこういった相談をするのは恥ずかしいことかもしれない。いや、同性であってもか。しかし、俺は既に思春期を終え、社会人をやっていたのだ。そういった羞恥にもある程度、耐性ができている。


「ありがとう。じゃあ、また後で少し聞いてくれるかな?」


 それに誰かに聞いてもらうことで少し心が軽くなるかもしれないとも思った。


「うん、分かったよ!」


 彼女は笑顔でそう答えた後、周りが静かになっていたところに大きな声を出したことに焦り、恥ずかしそうに俯いていた。


 この子、結構天然なのかもね。



 そして始業式が終われば今日は終わり......ではない。新入生にはこれから実力テストなるものが用意されているのだ。国語、数学、英語の3教科。


 社会人になってからも資格試験などはいくらか受けていたが、こういった定期のテストはやはり学生ならではと言える。勉強が仕事。また大変な年齢に戻ってしまったものだ。



 テストが終わってから俺はまた隣の柳さんから声をかけられた。


「ねえねえ!テストの出来どうだった?」


「まぁ、八割くらいじゃない?そこまで難しくなかったと思うけど」


「そうなんだ!相沢くんって結構頭いいんだね!」


「それほどでも。それで柳さん、何か用があったんじゃない?」


「え?あ、いや......さっきその......相談に乗るって言ったから......」


 柳さんは恥ずかしそうに視線を逸らした。

 あーそうか。自分で話聞いてくれないかと言って全然話してないんだもんな。そりゃ、自分から聞いてくるよな。


「ごめん、テストのことで頭がいっぱいで忘れてた。よかったら今から聞いてくれる?」


「うん!」




 それから俺はことの事情を掻い摘んで柳さんに話した。話すと言っても俺が未来から過去へ戻ってきたことや、朝香と結婚していたことなどは話していない。ただ単純に一目惚れして、友達になろうとして失敗したことを話した。


「......そうだったんだ......入学式初日から残念だね......」


 あれ?柳さんも引いてない?何だその間は......


「で、でも大丈夫!まだ高校生活は始まったばかりだよ!これから自分のことをもっと知ってもらって相沢くんは変な人じゃないって誤解を解けばいいんだよ!だから、諦めないで!」


「あ、ああ!そうだよな!ありがとう!柳さんに相談してよかった!俺、諦めずにがんばってみるわ!」


 よかった。別に引いてたわけじゃなかったんだね。なんの間だったんだ?

 それにしても、いいこと言う!この子、ほんといい子だわ!朝香がいなければ惚れていたかもしれない!なのに当時のことを思い出せねぇのはなんでだ!?


 まぁ、それは置いておいて。

 柳さんの言う通りだ!一度、失敗したくらいでなんだ!俺の彼女への気持ちはそんなものだったのか!今一度、思い出せ!彼女と愛を誓ったことを!!よし!やってやる!


「じゃあ、俺、ちょっといってくるわ!」


「あ、え?相沢くん!?今から!?」


 俺は柳さんにそう伝えると勢いよく、カバンを手に取り教室を後にした。



 ◆


「行っちゃった......」


 私、柳瞳やなぎひとみは、勢いよく出ていった相沢くんの背中を見つめてそう呟いた。


「はぁ......なんであんなこと言っちゃったんだろ.....私が慰めてあげるって言えばよかったのに......私のバカっ!」


 私は一人残されたまま、机に突っ伏して自分のことを責めた。


 折角同じ高校に入れて、折角同じクラスになれたのに好きな人がいたなんて......


「こんなのってないよ......」


 しかも、話を聞けば一目惚れ。

 ずっと想ってきたのに横から掠め取られた気分だった。


 でも。挫けるな瞳!一目惚れってことはまだ、その人のことをあんまり知らないってこと!ということは私にもまだチャンスはある!積極的に行って私のことをもっと知ってもらえば、きっと私の方に振り向いてもらうこともできるはず!


「よし!」


 私は今一度、彼に言ったことを思い出し、それを自分にも当てはめてこれから頑張ろうと気合いを入れた。


 私はこの気持ちを誰かに話したくなり、買ってもらったばかりのスマホで別のクラスの友達にチャットを送った。

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