第15話:もう一人の先輩
話を聞けば、天音さんは二年生らしい。彼女は、テニス部のものとは思えないほど白い肌を持っている。
姉が、ジャージで部活に出かけて帰ってきたのに、天音さんはジャージではなく、制服を着ている。つまり、彼女はテニス部ではないな?
「天音さん......でしたっけ? うちの姉とは一体どういったご関係で?」
「ふふーん。なーんだ、弟君も男の子だねぇ! 気になるんだ! ねえ、気になるんだ?」
うわ、めんどくせぇ。この人からは面倒くさいの香りがプンプンする。いや、フローラルのいい香りですけども。
「ふふ、そこまで言うなら教えてあげよう。私はね......」
コンコン。
「......?」
コンコン。
返事を待っていると思われたのだろうか。ノックしてから返事を待つなんて姉貴のすることではない。
「はい」
ガチャ。
俺が返事をするとすぐに俺の部屋のドアが開けられる。
そこから覗いていたのは魔王......ではなく、触れてしまえば消えてしまいそうになるくらい儚いイメージの少女だった。魔王とは対極の存在だ。
「天音、何してるの。早く戻ってこないと、副会長、怒っちゃうよ?」
俺のことなど全く眼中に入れていない、その少女はまるでハープでも奏でているかのような繊細で優しい、だけどどこか凛とした声で天音さんに話しかける。
「あ、
誰が早漏や!!!
しかも、めちゃくちゃ誤解を招く発言してるじゃねえか!!
勘弁してくれ。姉貴も色んな意味で危ない存在だが、この人もまた違った意味で危険な存在だ。ナパーム弾を平気で放りこんでくる。
この人と俺初対面なのに......
「ダメだよ。天音。弟君を困らせちゃ」
ほっ。と少しのため息が溢れる。この人はどうやら常識人のようであった。
「はーい。確かにちょっと悪ノリがすぎちゃった。相手が童貞だと、ついからかいたくなっちゃうんだっ!」
ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!
もう、ツッコムのも疲れた。いや、ツッコンでないよ?
天音さんはそういうと先ほどまで俺の横に下ろしていた腰をようやくあげ、開かれたドアから先に出て行った。
そして、その出て行った天音さんとは対照的に奏と呼ばれたその少女がこちらを見つめる。
まだ、何か用が?
「ごめんね。あの子、君のこと気に入ったみたいなんだ。誰にも彼にもあんなことする子じゃないってことだけは分かっててあげてね」
いや、初めて会った男の子にすることでもないよ。
しかし、この人は真面目な人のようだ。友人の失態? もしっかりと尻拭いをしていく堅実さだ。
儚いその姿とは裏腹にしっかりとした一面を持ち合わせている。こう言う人が姉だったらよかったのになぁ。なんて地獄耳の姉がすぐ近くの部屋にいるので死んでもそんなことは口にしない。
そう言って奏さんは俺の部屋を後にしようとした。
「あ、それと」
「?」
まだ何か?
扉を閉じようとした瞬間に奏さんは再び、こちらに戻ってきて俺に迫る。
そして耳元で甘い吐息を吐き、囁いた。
「本当に童貞だったら、今度私がもらってあげる」
ゆっくりと俺の部屋の扉が音を立ててしまった。
俺の心臓は今、あり得ないくらいの速度で脈を打っていた。
ふ、不整脈......
◆
どうやら俺は勘違いしていたらしい。姉の連れてきた二人の女子はどちらも、危険物取扱の資格免許を持っていないと相手をすることはできない人たちであった。片方は初めからそうだと分かっていたが、蓋を開けてからびっくり。もう片方の方が危険だった。
思わぬところに伏兵がいた。
それによって二人は俺の中のブラックリストに固く刻まれてしまった。
高校生に戻ってから、朝香とは違う形でこんなにドキドキさせられたのは初めてだった。
いや、これは決して浮気じゃないんだ。信じてくれ。
あの後、俺はあの二人に会うことはなく、俺の部屋を訪れることもなかった。そのまま、姉の部屋を後にし、玄関先で挨拶して帰ったようだ。
俺は惰眠を貪り、先ほどのことは気にしないように考えていたものだから二人が帰ったことに気づいたのは、夕食で母が呼びに来てからであった。
夕食後の一時。ダイニングテーブルに座る俺とソファで寛ぐ姉。受験生だろ、勉強はしなくていいのか。なんてほざいた時には、俺の頑丈な頭がかち割れる。
何気に、今日のあの人たちのことが気になった俺は、あくまで興味本位で聞いてみた。
「なぁ、蒼姉。今日の二人なんだったの?」
「何? あんたあの子たちのこと気になんの?」
俺を見下すようにニヤニヤとしかし、見下されるような体勢でソファからはみ出した首だけこちらに向けて見てくる。
「いや、変な人たちだと思って。ただ、それだけだよ」
「たち? 確かに天音は変なやつだけど、奏は別に普通だろ。かなりの常識人だし」
どうやら奏さんは姉の前では猫を被っているらしい。非常に危険な存在だ。
「あの人たちは蒼姉のテニス部の後輩? それにしては全然焼けてなかったけど」
「あの子らは生徒会。私が副会長やってんの知ってるだろ? あの子らは二年の役員で書記と会計。天音が書記で奏が会計」
「ふーん」
生徒会だったのか。一度目の高校生活でもほぼほぼ関わり合いのなかった生徒会。姉を通じてでもこんなことはなかった。
なぜ、ここまで違うのだろう。
しかし、そのことを考えても仕方のないことだった。まず、朝香がこの学校にいる時点でイレギュラーだからだ。その時点で俺が過ごしていた青春とは全く別物になっている。
「そういえば、あんたのキモい噂聞いたんだけど」
「キモい噂?」
「入学式早々、プロポーズしたんでしょ? キモすぎるから死んでくれない?」
急に降り注ぐブリザード。理不尽だと思わないか。
俺、姉の機嫌を損ねることしたかね。
「酷くない?」
「事実、キモいでしょ」
「......やっぱり?」
「その子は一生消えぬトラウマを抱えて生きていくんだぁ」
泣いていい?
俺からのプロポーズってそんなにやっちゃいけないことだったの? 確かに初対面は不味かったけど......
「もしだけど。もし、蒼姉が初対面の男にプロポーズされたらどうする?」
「男としての機能を失わせる」
姉は、それだけ言うとソファから立ち上がり、スタスタと俺の横を通り過ぎて2階へ上がって行った。
......朝香が蒼姉みたいな人じゃなくてよかった。玉がヒュンってなったよ、ヒュンって。下手したら俺、女の子になってたかもしれん。
「はぁ」
そんなことより、朝香に会いたい。
先輩方にからかわれたせいか、姉から冷たくされたせいか、なぜかいつも以上に朝香のことが恋しくて仕方なかった。
「決めた」
来週からもっと朝香にいっぱい話しかけよう。鈴木はどうにかなんだろ。多分。
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