第11話:トライアングル② 〜瞳視点〜

 目的は不純ではあるけど、相沢くんと一緒に部活動見学を行くことになった。この場合、不純というのは、私のこともあるし、相沢君のこともある。


 私は、純粋にバスケが好きというのもあるけど、相沢くんがもう一度バスケをしているところが見たかったのも確かだった。


 相沢くんと言えば......


 そんな私の気持ちを知ってか、知らずか練習そっちのけで女子バスケ部の方を、性格には堂本さんの方を見ていた。


 堂本さんは、新入生代表であり、入学式で登壇した時、こんな美人な子がいるのかと感動したのを覚えている。そして彼女が相沢くんの思い人であったことも衝撃であった。



 先程も、更衣室の出た彼女とぶつかりそうになった。やっぱり近くで見ると可愛いなぁと思って凝視してしまった。


 可愛いし、美人。それに色気もある。どうやったら十五歳でそんな色気が出せるんだろう......やっぱり胸かな......?


 私は部活の見学中でもあるのに関わらず、先程のことを思い出して、自分の眼前に広がる慎ましいと言える膨らみを触ってみて悲しくなった。


 女の私でもその色気に当てられるんだから、やっぱり男の人からしたら相当なものだと思う。

 今も部活中にも関わらず、上級生、下級生関係なく、チラチラと彼女のことを見ている生徒も何人かいた。


 一人はチラチラどころじゃなかったんだけど......


 私の気になるその人は、部活の練習にも一切目もくれず、穴が開く様に彼女のことを見つめていた。


「なんだかなぁ......はぁ......」


「どうしたの? 何か悩み事?」


 そう私に声をかけてくれたのは既にマネージャーとしてバスケ部に正式加入している同じ一年生の沖本楓おきもとかえでさんだった。


 沖本さんとは一緒にマネージャーの仕事を教えてもらいつつ、今はすることがないので練習を見ている状態だった。


「あっ、もしかしてプロ男? 有名だよね!」


「え!? あ、うん!」


 私は、聞かれたことに何も考えず返事を返す。相沢くんは入学初日に堂本さんにプロポーズしたことで既に学年中にプロ男という渾名が広がっていた。


「いや〜、プロ男ずっと堂本さん見てるよね。何しに来たんだろ......? 流石に練習見てないと怒られると思うんだけど......」


 実を言うと先程から、先輩たちも「なんだ、あいつ?」という視線をひっきりなしに送っている。


「ははは......」


 なんとなく、同じクラスで誘った私もその視線に居心地の悪さを勝手に感じ、渇いた笑いで返すしかなかった。



 そして少し、空気の悪い中、練習が進んでいくと事件は発生した。


「いよっしゃあああああああああああ!!!! 朝香!!! ナイッシュー!!!!!!! うおおおおおおおおおおお!!!!」


 相沢くんが突如、奇声を発したのだ。男子の練習などそっちのけで女子バスケ部の試合を、堂本さんを観戦していた。


 先輩たちももう呆れて何も言っていなかったのだが、ついに堪忍袋の尾が切れた先輩の一人が、相沢くんに詰め寄った。


「おい。お前、いい加減にしろよ! やる気ないなら帰れよ!!」


「......やる気ならあります!!!」


 相沢くんは初めはいきなり怒鳴りつけてきた先輩に面食らった様子だったが、すぐに表情を持ち直し、真面目な様子で答え返した。


 でも、それでやる気あるって答えるのは無理があるよ......


「俺は朝香の応援のやる気だけは誰にも負けません!!!」


 いや、そういうことじゃない......

 バスケ部のみんなの誰しもがそう思ったことだろう。

 私も思った。


「......お前、舐めてるだろ?」


「朝香のことは舐めたいです」


 あくまでふざける相沢くん。あれはふざけているのか本心なのかはわからなかった。

 あれ......なんで私、あの人のこと気になってたんだろ......


 あんなふざけた答弁により、被害を受けている人物がいることも忘れてはいけない。

 今や、体育館全体といっていいほどの生徒がその動向に注目している。そこには当然、彼が言っている当人もいるわけで......


 堂本さんは顔を真っ赤にしながら頭を抱えていた。それに遠くの方に見えるバレーコートで堂本さんの友達である鈴木さんも別の意味で顔を真っ赤にさせている。あれは怒りだった。


「まぁまぁ、森田。とりあえず、落ち着け」


「松本さん! なんでこんなやつのこと庇うんすか!?」


 そして怒っている二年生の先輩、森田さんにキャプテンである、松本さんが話しかける。


「まぁ、折角体験入部にきてくれてるからね。とは言ってもどうしようか。確かに周りには悪影響ではあるね......」


「そうですよ、こんな不真面目なやついりません。さっさと追い出しましょう! 経験者か何か知らないが、中学の時もどうせ中途半端にやってきたんだろ?高校でそんなのが通用すると思うなよ!」


 森田さんが相沢くんを指差して、暴言を吐く。確かに彼のことを知らない人から見ればそう映ってしまうのかもしれない。だけど私はその言葉を聞いて少し、ムッとしてしまった。


 確かに相沢くんは特筆して上手いわけじゃない。だけど、私は中学の時の彼のバスケにかける一生懸命さを知っている。その......今は別の方にベクトルが向いちゃってるけど......


「すみません、なら一度俺たち一年と二年生で試合してもらえませんか?」


 そこで先輩たちと相沢くんの間に一人の男子生徒が入った。


 あれは、確か、相沢くんと同じ中学でバスケ部の副キャプテンを務めていた佐熊くんだったかな?女子にも人気の......


「こいつ、入部すればそこそこ役に立つと思うんで! その実力を見るためにどうですか?」


「え?俺、別に入らな......」


「わかった。じゃあ、そうしようか。三年生は審判をさせてもらうよ」


 こうして、一年生対二年生の試合が決まってしまった。





 試合前、一年生たちが集まってスタートメンバーを決めていた。


「なんで俺が......」


 未だ、相沢くんは試合に出ることに納得していない様だ。

 よし、ここは私が一つ、相沢くんを何か励まそう! そう思い、前に出ようとした時。


「そんなだからプロポーズしても振られるんだよ! 男ならやる時はシャキッとやる!!」


 沖本さんが私より、前に出て彼にそう言い放った。

 うう、私の役目だったのに......


「......」


「光樹諦めろ、お前が悪い。それに森田さんだけじゃないからな? お前にフラストレーション溜まってたの。全く、どうしたんだ? お前らしくない」


 佐熊くんの一言に何か考える様な素振りを行う、相沢くん。


「それにお前が真面目にやらないんだったら俺にも考えがある。俺は堂本さんの件について協力しない」


「っ!? くぅ......わあったよ......」


 佐熊くんの説得により、相沢くんも試合に出ることになった。理由はどうあれ、私はこの時、不謹慎だけどワクワクしてしまった。



 そして試合開始のジャンプボール。二年生ボールからだ。


 一年生は初心者の子も含めて今日は、七人だった。相沢くんはベンチからのスタート。


 試合と言ってもフルタイムを行うわけでなく、1クォーターの10分の2クォーター制。つまり20分の試合時間となる。



 既に試合が始ってから1クォーターが終了し、点差は10点差。やはり、中学から上がってきたばかりの一年生と一年間みっちり練習をしてきた二年生では力の差は歴然だった。


 そして、2クォーター目が始まった。今度は相沢くんも初めから出ている。相変わらず、あまりやる気がありそうには見えない。パスを受けてもキャッチミスをしたり、ドリブルもぎこちなかった。なにか、自分の体の動きに戸惑っているように感じた。


 だけど、時間を追うごとに彼の動きは良くなって行った。表情も徐々にやる気のないものから楽しそうな笑みを浮かべ始めた。


 華麗にドリブルを行い、味方をアシストし、自らゴールを狙うその姿は、私が以前見た時よりかなり上手くなっていたように思った。


 周りも彼の急激な変化に驚いていた。

 私はその楽しそうな姿を見て胸がもう一度高鳴るのを感じ、手を当てた。


 そして、試合は一年生の勝ち。なんと相沢くんが一年生チームを引っ張り、見事二年生チームに逆転勝ちしてしまったのだ。


 そんな相沢くんは佐熊くんや松井くんにもみくちゃにされている。私はその姿を目で追っていた。


「やっぱり好きだなぁ......」


 誰にも聞こえない声で小さく呟く。

 彼のバスケしている時の姿がどうしようもなく、カッコよくて、一生懸命で楽しそうで。好きだった。あの時と同じ。


 私はこの時、既に気持ちを新たに決心していた。

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