第33話:半端な優しさ

 朝香を連れ出すことに成功し、俺たちは現在、電車を乗っている。何回か乗り換えも行い、今は対面座席で座っている。ほとんど朝香から話そうとはしないので気まずい無言の空気が流れるが、それでも俺は気にしない。


 俺も俺で、先ほどのテンションとは打って変わって心を穏やかに沈めながら外の景色を見ていた。


「ねぇ、どこ向かってるの?」


「んーナイショ」


「あっそう……」


 そんな中、遂にそんな空気に耐え兼ねた朝香が話しかけてきてくれた。結構な時間電車に乗っているので行く先が気になるのだろう。


 そこからもう三十分ほど、無言のまま電車に乗り、ついに目的地へと到達した。


「連れてきたかったところってここ?」


「そう、ここ」


 ザザーと波が打ち寄せては引いていく音が先ほどから連続して耳に届く。俺が連れてきた場所は、他県にある海だった。


 今は5月下旬で暑くなっているとはいえ、海開きもしていないため、人もほとんどいない。


「ちょっと、砂浜を歩こう!」


 彼女はその提案に露骨に嫌そうな顔をする。なぜなら、今の彼女はヒールを履いている。そんな靴では砂浜をあることはできない。


「ということで持ってきました、ビーチサンダル〜」


 何やら効果音が出そうな音とともダミ声で俺は鞄の中からサンダルを取り出した。この時用に300均で買っただけのフリーサイズサンダルだ。


「なんで、そんな準備いいのよ……」


「準備したからな。ほら、履き替えて、早く早く!!」


 朝香はため息を吐きながらも履き替えてくれた。ついでに俺も同じように履いていたスニカーから同じサンダルに履き替えた。


「ペアルックだね」


「……」


 恐ろしく冷たい目を向けられたが俺の心は揺るがない。今は、無敵モードなのでな。


「じゃあ、歩こう」


 俺と朝香は二人で並んで砂浜を歩く。5月下旬だと言うのに今日の温度は28度。このまま足くらいなら海に入ってもいいくらいには暑い。

 砂浜の沈み込む感触を楽しみながら俺たちは足跡を作っていく。


「風が気持ちいいな〜。もう少し暑かったら海入りたいな! あ、朝香の水着姿も見たい」


「……ねぇ、どうして私に関わるの?」


「どうしてって好きだからだよ」


「っ! じゃあ、なんで好きなの? どうせ、一目惚れなんでしょ? 見てくれだけの私のどこがいいのよ」


「もちろん、見た目も最高だよ。だけど俺は一目惚れとは一言も言ってないよ」


「嘘! 私、聞いたもん。相沢がそう言ってたって」


「あ、俺のこと一応は気にしてくれてたんだ。嬉しいな」


「茶化さないで!」


 朝香の顔は至って真剣だ。じゃあ、俺も真剣に答えさせていただこう。


「まあ、友達にはそう言ったかもね。でも朝香には言ってないよ。それに本当の理由は誰にも言ってない」


「な、によそれ……」


「俺が朝香を好きなのは、朝香が俺を救ってくれたから」


 俺の言葉で朝香の瞳が少し揺らいだような気がした。一体コイツは何を言っているんだろうと言ったところか。


「そんなの知らない」


「当然、知らないと思うよ」


 だって未来での話だし。


「意味わかんない……」


「ということで朝香、海に入ろう!」


「は?」


 重苦しい空気が流れる中、俺からの唐突の提案に頭を傾げる朝香。

 俺は、ジーパンの裾を膝丈くらいまでおりまげ、そのまま彼女の手を引っ張って海の中で入っていく。

 ちなみに朝香も膝丈ほどのスカートなので無問題である。


「ちょっと!! 冷た!」


 いくら外の気温が暑いと言っても5月下旬の海の中はまだ少し、冷たかった。


「さぁ、ぶちまけてみろ!!」


「は? え?」


「朝香の悩みをぶちまけてみろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「何を言って……?」


「朝香の過去に何かあったことは分かってるんだ。だから、そのことを話して欲しい。さぁ、どうした来い!!」


 朝香は俺の言葉に目が点になっている。


「い、いやよ! 私は話すつもりはないわ!」


「朝香は臆病者だな。人と関わることを恐がって、自分が傷つくことを恐れて、いつまで経っても前に進めない臆病者」


 朝香がビクッと反応した。


「ほら、どうした? 言うのが恐いのか?」


「な、何よ! 勝手にこんなところまで連れてきて、今度は勝手に過去をおしえろですって!? なんであんたなんかにそんなこと言わないといけないのよ!!」


 朝香が顔真っ赤にして叫ぶ。これは明らかに怒っている。朝香が手で弾いた水が俺に浴びせられた。

 あれ……思ったより、水が多いぞ? 冷たい……あ、目に染みる……

 頭からびしょ濡れになってしまった。だけど、至って真面目なトーンで続ける。


「そんなもん決まってるだろ、朝香がウジウジいつまでも過去のこと引きずってるからだろ!」


「それの何が悪いのよ!」


「悪いね。それじゃあいつまでも前に進めない。俺と前に」


「い、みわかんない……」


 朝香の声が弱々しくなる。その声の震えからどうやら泣き始めたようだった。


「うう、ヒック、ヒック……私は……話したくなんてないのに……」


「……」


 しばらくお互い無言が続く。朝香のすすり泣く音だけが聞こえてくる。そして俺は口を開いた。


「……じゃあ、話さなくていいよ。朝香はそのままでもいい。過去なんてどうだっていい」


「っ! ……ぐす」


「俺は今の朝香を知りたいんだ。だから教えてよ。どれだけかかってもいい。俺は今の朝香を見てるよ。不器用で、頑固で、だけどどこまでも一生懸命な朝香を。そんな堂本朝香を俺は、相沢光樹は大好きなんだーーーーー!!!!」


「……だからあんたなんか嫌いなのよ……私のことなんて何も知らないくせに……だけど、今だけ……」


 それから海の中で俺は朝香を抱きしめた。朝香はずっとすすり泣きを繰り返していた。






「来週の月曜日。放課後、俺、屋上で待ってるから。その時に答えを聞かせて。俺の好きに対しての答えを」


「……」


朝香は無言でコクリと頷く。


「じゃあ帰ろっか」


「……うん」


 まあ、そんな告白した後、長距離を帰るもんだからお互い気まずいのなんのって。計画性が全くないとはこのことだね。

 あ、ちなみに服は朝香の分も着替えを持ってきていたからそれに着替えてもらった。って言ってもジャージだったけど。それに女性用の下着までは持ってなかったんだ、許してくれ。


 まぁ、俺らしいと言えば俺らしかったかもしれない。

 後は祈るのみ。

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